ぱたたん、ってスリッパの音も軽やかにリビングに飛び込んだ。
「遅刻遅刻っ!」
ぼすん、ってスクールバッグを椅子に投げた。とりあえず牛乳、かな。
「もう、鈴ったら」
ちょうど洗い物を終えたらしい母は、手をふきながら呆れたようにアタシを見た。
「蓮くん、ずっと待ってるわよ」
「うっそ、上がってもらえばよかったのに」
「外がいいんだって」
「犬みたい。外で待ってるなんてさ」
アタシはコップに注いだ牛乳を一息に飲み干した。カルシウム強化、みたいな牛乳モドキじゃなくて本当の牛乳だ。冷えているから、頭の中まで白く染まる気がする。
父さんはもう家を出てしまったみたいだ。いつもアタシは遅刻寸前で、中学生の頃からそれがお約束みたいになっている。
テーブルにぽつんと取り残されたトーストに、未練がましい視線を向けて、
「無理かな、時間すんげーやばいし」
「女の子が、すんげー、なんてはしたない」
はしたないかな?
しょうがない、トーストも髪のセットもあきらめよう。アタシはバッグのサイドポケットから、お気に入りの黄色のシュシュを取り出して左手首にはめた。
ピンク系の色のほうが可愛いのかもしれないけど、アタシはお日様みたいな黄色が好きだし、ほかにも大事な理由がある。
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