『ローマ人の物語』で欧米の文化を学ぶ
塩野七生は、月刊『文藝春秋』で巻頭コラムを長年執筆していることからもわかるように、日本のインテリの多くに受けがよい。他方、一部のインテリには受けが悪いようだ。後者についてはたとえば、2016年7月時点でのウィキペディアの紹介からも感じ取れる。彼女について「日本の歴史作家 (プロの学術研究者ではなく「小説家」)である」とある。この記載をした人にしてみれば、塩野七生が「プロの学術研究者」と見られやすいことについて、善意からだろうか、啓蒙的な注意を促しているつもりなのだ。そして、その主要著作である『ローマ人の物語』も歴史ではなく、想像力によって描かれた「小説」、つまりフィクション(虚構)に過ぎないのだとも主張したいのだろう。
そんな指摘はどうでもよいと私は思う。なぜか。私たち日本人が欧米の文化と付き合って存続するために知るべき知識の多くが、彼女の『ローマ人の物語』から容易に学べるからだ。便利な教材である。それで十分だからだ。それだけで日本人にとって、十分価値のある「新しい古典」になっている。複雑な物事を理解するときは、簡便な薄い書籍を読むよりも、分厚い書籍で、さらに「物語」を読むほうが人間の理解を促すものだ。人の心がそのように出来ていることは、他の古典からでもわかる。
ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)
それにもし、塩野七生『ローマ人の物語』以上にローマ史が知りたい人がいるなら、必然的に歴史研究書を紐解くだろう。塩野七生には彼女の価値があり、歴史学者には別の価値がある。繰り返そう。彼女の著作は私たち日本人が欧米文化に触れていく際の、適切なガイド役を十分果たしている。その彼女の膨大な作品群は、むしろわかりやすさの点で、欧米文化理解への近道である。