フローの発見は、2000年ぶりに「幸せ」の定義を拡張した
石川善樹(以下、石川) 目の前のことにすごく集中できていて、能力を最大に発揮できているような状態のことを、心理学では「フロー」と呼びます。今回は、このフローとはなんなのか、どうやってその状態に入るのかという話をしていきましょう。詳しいことは、僕と一緒にこのあたりのことを調べている西本真寛くんに解説してもらいます。
西本真寛(以下、西本) フローというのは、1970年代に心理学者のミハイ・チクセントミハイが名付けた概念です。「ゾーン」と呼ぶこともあります。いわゆる、「超」集中した状態のことを言います。
左:西本真寛さん、右:石川善樹さん
石川 この状態はいろいろな業界で観測されていて、それぞれ呼び方が違うんですよね。音楽の世界だと、演奏に没頭しすぎて、勝手に楽器が鳴り出すような状態になることを「ジャックイン」と呼ぶそうです。これも一種のフローですね。
西本 スピードスケートの清水宏保選手は、スタート時にゾーンに入ると言っています。そうなると、時間がゆっくり流れて、スタートを自分のタイミングに合わせることができるそうです。
—— それは、実際に時間を超能力で操っているとかではなく……。
西本 ないです(笑)。そう感じられる、ということですね。
石川 こうやって聞くと、特別なトップアスリートだけが体験できるものだと思われるかもしれませんが、日常生活でもフローの入り口に立っているようなことはよくあるんです。例えば、会話がすごく弾んで、気がついたら何時間も経っているようなとき。
西本 趣味に没頭しているときなども、フローの入り口になりえますね。このフローという状態が、科学の俎上にのったのはもう少し古くて、1871年。
—— 140年以上も前なんですね。
西本 当時、地質学者のアルベルト・ハイムが登山にでかけたときに、誤って滑落してしまうんです。落ちている時間は一瞬のはずなのに、彼は「来週こういう予定が入ってたけど、ここで自分が死んじゃったら代役を立てないとな……」と、妙にゆっくりした時間の流れのなかで、いろいろ考えたんだそうです。彼は一命を取り留め、そのときのことをよく覚えていた。そして、こんな不思議な体験をしたのは自分だけなのだろうかと考え、落下事故の生還者32人にインタビューしたんですよ。
—— 32人。けっこうな人数に聞きましたね。
石川 科学者ですから、サンプル数は多いほうがいいと考えたんでしょうね(笑)。
西本 そうしたら、そのうちの95%が「時間がゆっくりになった感覚があった」と答えたんです。それを論文にまとめたのが、フローが科学の俎上にのった最初だと言われています。
石川 これって大発見だったんですよ。なぜかというと、いま、フローは幸せの第3の形態だと言われているんです。それまで、古代ギリシャ以来、幸せというのは「快楽」と「意味」の2つしかなかった。
西本 快楽というのは、五感を通した心地よさ、気持ちよさですね。意味というのは、自己実現や生きがいを感じることで得られる幸せを指します。
石川 そこに、第3の幸せとして、時を忘れて没頭することというのが現れた。これは、2000年ぶりの幸せの定義の拡張だったんですよ。
—— なるほど。それはすごい。だからフローは注目されているのか。たしかに、夢中で友達と話したり、趣味とか仕事に没頭している時間って幸福といっていい時間ですね。
フローの研究が現代になってさらに進んだ理由
西本 ところで、ちょっとこの映像を見てもらえますか。
Crazy Wingsuit Flight - The Great Dario - Graham Dickinson & Dario Zanon
これは手と足の間に布を張った滑空用の特殊なジャンプスーツ「ウィングスーツ」で滑空する映像です。
—— これはこわい……!