柴那典(以下、柴) なんと、今回「心のベストテン」が、フジテレビの「FNSうたの夏まつり~海の日スペシャル~」とコラボすることになりました!
大谷ノブ彦(以下、大谷) いやあ、すごいことになりましたねえ! しかし、107組、171曲ってすごくないですか?
柴 7月18日の11時45分から、11時間ぶっ続けの生放送ですからね。
大谷 僕ら二人はその間、何するんでしたっけ?
柴 会場そばの特設ルームからYoutubeLIVEによる生配信で、裏実況というか、番組のこともそれ以外のことも、音楽についていつも通りしゃべり続けます。
大谷 ただそれが11時間ある(笑)!
柴 大谷さんはこういうの慣れてるかもしれないですけど、正直僕、不安です。
大谷 なんとかなりますよ! だって音楽聴いて好きなこと話してるだけでしょ?
柴 まあ、そうか。そうですね(笑)。
大谷 いやあ、しかし出演陣も豪華だし楽しみだなあ。
柴 ゲストにアイドルやミュージシャンの方が来てくれたりもするみたいです。
大谷 ℃-ute来てくれないかな〜。
柴 あははは。とにかく僕らは視聴者と同じ目線で、音楽好きとして、番組を楽しみましょう。
大谷 それね、大事。
とんねるずとダウンタウンが歌謡曲の時代を終わらせた
柴 というわけで、今回は音楽番組の話をしたいなと思うんです。
大谷 お! 歌番組の話、いいですねえ。
柴 そしたら今回の「FNSうたの夏まつり」がなんでこんなに長いのかも、僕らなりの結論にたどり着けると思うんです。まずはテレビと音楽がどう蜜月を築いてきたかについてなんですけど——。
大谷 おもしろそう! 歌謡曲の話から始めちゃいますか?
柴 そう。日本の大衆音楽って「歌謡曲」から「J-POP」に変わっていったんですけど、その境目がどこなのかがわかるとおもしろいんですよ。
大谷 ああ、それはそうでしょうね。
柴 よく言われているのが、89年にスタートしたFMラジオ局のJ-WAVEで「J-POP」という言葉が最初に使われたという説ですね。そこから93年くらいにかけて徐々に広まっていった。
だから歌謡曲とJ-POPの境目は昭和と平成の切り替わりのタイミングである1989年あたりなんです。
大谷 なるほどね。僕の考えではね、とんねるずの「情けねえ」(1991)が歌謡曲の時代を終わらせたきっかけだと思ってるんです。
柴 ほう。というと?
大谷 この曲って、秋元康さんが歌詞を書いてるんですけど、長渕剛さんのパロディなんですよ。「ちっぽけなしあわせに魂を売り飛ばし」「ツバ吐いて 捨てた夢」とか、いかにも長渕剛が言いそうな言葉だけで作られている。極めつけは、「この世のすべてはパロディなのか」なんて言葉が入っている。
これが当時の「日本歌謡大賞」の大賞をとってしまった。
柴 あー、そうだ! これが91年のことですね。いま動画を検索すると、明らかに長渕さんっぽい歌い方をしている(笑)。
大谷 パロディで作ったものが王道の評価をされちゃったんです。今はもう、DJでこの曲かけても、みんな普通に「いい曲」として大合唱になりますからね。
柴 今や誰もパロディだと思ってないわけだ。
大谷 「情けねえ」が大ヒットしたのは、間違いなくカラオケブームのおかげだと思うんです。みんなカラオケでこの曲を歌ってた。で、売れたもんだから、歌謡曲の権威の側がそういうパロディの曲に賞をあげちゃった。そうしたら、翌々年の93年に「日本歌謡大賞」自体も終わってしまうんです。これって、つまりは歌謡曲の役割が終わっちゃった、ってことなんですよね。
テレビバラエティはお笑いと音楽が常に共存してきた
柴 なるほど。まさに僕も大谷さんと重なることを言おうと思っていたんです。というのは、歌謡曲って基本的にテレビの中で生まれたものだと思っていて。
で、テレビバラエティの歴史を振り返ると、いろんな時代で、常にお笑いと音楽が共存していたんですよね。
大谷 まさに。『シャボン玉ホリデー』(1961-1972)と植木等の時代からそうだった。
柴 しかも、「お笑い」と「音楽」はテレビの中で常にどっちがエラいかの綱引きをしてきたと思うんです。