「動物園と水族館って、普通どっちが好きなのかね?」
ボクがその質問に真面目に答えようとしてるそばから「ていうか、動物園も水族館も今どき行かねえか。暑いのと寒いのどっち好きなのよ? 俺は断然暑いのだね。あー、もう来週ハワイとか行っちゃおうかなぁ」と関口は重ねた。
ボクはそのテキトーさに呆れながら、換気のために車の窓を全開にした。
「結局、佐内の愛人って10人くらいいたんだっけ?」関口はそう言いながら自分側の窓も全開にし、そのどさくさでポケットに残っていたらしいタバコに火をつけた。
「10人ってやつがいれば、50人ってやつもいたかなぁ」ボクはそう返しながら、関口の口からタバコを奪って缶コーヒーの中にまた投げ捨てた。
関口は「フーッ」と、ため息まじりのタバコくさい息を吹きかけてくる。
「ったく」ボクは舌打ちをして関口の左肩に軽くグーを入れる。
「いってー。血出てない? 折れてる? どう? どう?」関口がアシスタントに大げさにアピールし、アシスタントが苦笑いをした。
彼女の部屋から灯りが消えて、それから途方もない時間が経ったように思う。
ボクは時計を確認した。時間はまだ20分とちょっとしか経っていなかった。
フェンスがしなるほどに身を預け、ボクは今置かれている状況に頭を抱えながらつぶやいた。
「なにやってんだ俺」
90分をこんなに長く感じたことはなかった。
頭の中は整理整頓がまったくつかず、気持ちもまるで追いつかなかった。童貞の時のボクが見たらこの状況はどう映るだろうか。
発狂か? 興奮か?
いや……発狂だな。でもスーは美人だし、人気者なわけだし、こんな状況にいたっても彼女と親密なことを喜ぶのかもしれない。いやでも免疫のない頃ならこの状況は発狂しかありえないか。いや普通ならまず帰るよな? 今からでも帰るか? いや帰るって一番彼女が傷つくやつだよ。でもこの後に普通の顔で会えるのか? いやもうそうしなきゃダメでしょ人として。
混乱した。混乱したせいで感情の引き出しが全部同時に吹き出して、くだらない考えだけをぐるぐると巡らせては、その場から動けなくなって、駐車場に設置されていた看板の注意事項を時間つぶしに読んだりしていた。
その時、ボクは関口とスーと3人で初めて行った恵比寿の居酒屋での夜の出来事を、ふと思い出していた。
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