転職は「裏切り」か?
—— 前回まで人間関係も個人と会社の関係も、信頼に基づいて期間を定めて更新するとよいというお話でした。お二人は実践されているんでしょうか。
篠田 そうですね。そういえば以前に、若い方に自分の経歴を聞かれたとき、「10年後も糸井事務所にいるか、同じCFOという肩書きでいるかは分からないです」と答えたら、ポカーンとされましたね。
渡辺 理解の範囲を超える答えだったのでしょうね。
篠田 それで「私も会社も周りの状況も変わるものだから、今のこの役割での雇用関係じゃない方がいい、という結論が出ることは、選択肢としてはありえますよね」っていうお話をしたんですけど。もしかすると、働いた経験がないと、関係性が変わっていくという実感がないから、「糸井事務所CFOの篠田さん」というものとしてしか、私を見れないのかなと。
渡辺 なるほど。アイデンティティーの認識が、人物自身ではなく、肩書きとセットになっているんですね。
篠田 ええ、たぶん。糸井事務所のCFOじゃない自分を、私が普通に想定してるということが、すごく衝撃だったみたいなんですよね。
—— 質問された方からすると、「あれ、篠田さんは今、どういう立ち位置でしゃべってくれてるんだろう? いつか辞めちゃうかもよ、みたいなオフレコの愚痴なのかな?」って思ったのかもしれないですね。
篠田 あー、なるほど。
渡辺 それがまたさっきの「信頼」という問題と関わってくるわけですよね。「会社を離れるのは裏切りだ」っていうふうに思っている。
篠田 しまった! ぜんぜんそんなこと考えてなかった。
渡辺 終身雇用という概念がこびりついていると、会社を離れるのは、恋人を捨てるような感じに思っている人もいるのかもしれません。
篠田 これまで何人とも付き合ってきているから、また別れるかもしれない、と(笑)。
渡辺 そうそう。もっと素敵な男性と出会ったら乗り替えるかも……、みたいな(笑)。そういうふうに思われたのかも〜(笑)。
篠田 まぁ、そういう印象を持たれたかもしれないですね。
そのとき感じたのは、そういうふうに人が変わることを経験上想定できないから、〇〇大学の自分とか、〇〇会社の自分イコール自分だとどうしても思いがちだし、人のこともそういうふうに見がちなんじゃないかな、と。
渡辺 ああ、なるほど。それはけっこう良い大学に行った人にありがちなタイプだと思う。〇〇大学に行ったっていうこと自体が自分になっちゃう。前回の視点のお話で言うと、その立ち位置じゃない「視点を変えた」自分っていうのがもう考えられない。
篠田 アイデンティティーを組織に求めるのは、別に良い大学の方だけではないんですよね。人によっては、ご自身としては不本意な学歴で「ハーバードさえ出てればこうじゃなかったのに」と思ってしまったり。
渡辺 アメリカでもそういう人によく出会いますが、その発想だと不幸になりますよね。
篠田 ええ。そういう心理状態の人が、たまたま人に褒められるような学歴や職歴を持っていると、「これを失ったら自分の何かが崩壊してしまう」と思ったりする。そういう心理は少なからぬ人が持っているとは思うけれど、でも、それはやっぱり自分ではないんですよね。
転機は、来てしまうもの
—— きっと読者から見ると、篠田さんも渡辺さんも、華麗な転身を遂げてここまでこられたように見えていると思います。でも、今日のお話を聞いていると、それもやっぱりトライアンドエラーの積み重ねだったということでしょうか。
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