哲人が語った「問題行動の5段階」。その内実は、たしかに人間心理を的確に捉えたものであり、アドラーの真骨頂を垣間見せるものだった。しかし、と青年は思う。わたしは学級を預かる唯一の大人であり、社会に生きる人間としての範を示さなければならない存在だ。すなわち、罪を犯した者には罰を与えなければ、この「社会」の秩序が崩れてしまう。わたしは理論で人間を弄ぶ哲学者ではなく、子どもたちの明日に責任を負った教育者なのだ。この男にはわかるまい、現実世界に生きる人間の、責任の重さなど!
暴力という名のコミュニケーション
青年 さあ、どこからはじめますか?
哲人 そうですね。仮にあなたの学級で、暴力沙汰の喧嘩があったとしましょう。些細な言い争いが、拳を交えるような喧嘩に発展してしまった。あなたはこのふたりをどうしますか?
青年 そのパターンでしたら大声で𠮟ったりはしませんよ。むしろ冷静に双方の言い分を聞くでしょうね。お互いをなだめ、ゆっくりと「どうして喧嘩になったんだ」とか「なんで殴ったんだ」とか、そんなことを聞いていきます。
哲人 生徒たちはどう答えるでしょう?
青年 まあ「彼がこんなことを言ったから、頭にきた」とか「こんなひどいことをされた」とか、そんなところでしょう。
哲人 それであなたはどうします?
青年 お互いの言い分を聞いて、どちらに非があるかを見定め、非のあるほうに謝ってもらいます。とはいえ、すべての争いごとにはお互いに非があるわけですから、双方に謝ってもらうことになりますね。
哲人 二人は納得するでしょうか?
青年 そりゃあ、自分の言い分にこだわりますよ。ただ、少しでもいいから「自分にも非があったのかもしれない」と思ってくれたら、それでよしとします。喧嘩両成敗ってやつです。
哲人 なるほど。それでは仮に、あなたの手元に先ほどの三角柱があったとします。
青年 三角柱?
哲人 ええ。一面には「悪いあの人」、もう一面には「かわいそうなわたし」、そして最後の一面に「これからどうするか」と書かれている。われわれカウンセラーがこの三角柱を使うように、あなたも三角柱をイメージして生徒の話を聞くのです。
青年 ……どういうことでしょう?
哲人 生徒たちが語っている「彼がこんなことを言った」「こんなひどいことをされた」という喧嘩の理由。これを三角柱で考えてみると、けっきょくは「悪いあの人」と「かわいそうなわたし」になっていませんか?
青年 ……ええ、まあ。
哲人 あなたは生徒たちに「原因」ばかりを聞いている。そこをいくら掘り下げても、責任放棄と言い訳の言葉しか出てきません。あなたのやるべきことは、彼らの「目的」に注目し、彼らと共に「これからどうするか」を考えることなのです。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。