あんなに空いていたのに霞ヶ関からドドドと人がなだれ込んで、六本木駅で降りる頃にはまた満員電車のそれだった。降りるサラリーマンと降ろされたサラリーマンに研磨されながら駅に吐き出された。
一駅、一駅、デジャヴのように繰り返される光景。ループしてるかのような毎日。スマホのゲームに集中しながらホームを歩いていたOLが、目をつむって、白線の内側にいた老夫婦にぶつかりかけた。スマホの充電が限りなく細い赤になっている。
がんばれば報われるという信仰が蔓延する世界で、がんばっても微動だにしない日常を噛み締めている。ボクは改札を出て、階段を上がってアマンドの脇に出た。
ハンドルネームしか知らないあの女の子から何日か前に届いていたLINEを開く。「ねえ、努力すれば夢って叶うのかなあ?」とだけ書かれていた。ボクは「その質問は、ナポリタンは作れるか? と一緒だと思う」と返信した。
送ったそばから既読になって「ん?」という言葉と、くびをかしげたパンダのスタンプが送られてきた。ボクは続けて「たぶん、手順を踏めば必ず近いものにたどり着くんじゃないかと思う」と送った。返信はまたしてもくびをかしげたパンダのスタンプだった。
もし手順通りうまくできたとしても、たとえそれが失敗したとしても、問題はそれを誰と一緒に味わうかなんじゃないか? とボクは思っていた。
ただ、その返信はもう打ち込まなかったけど。
何から手をつければナポリタンができるのか見当もつかなかった1999年のボクは、性懲りもなくあのラブホテルのベッドに沈んでいた。このギリギリの国から彼女と避難するように、週に1度、円山町のあのラブホテルに身を潜めていた。ボクたちにとってあの場所は、現実から一時的に乖離できるシェルターだった。
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