cakes読者のみなさん、こんにちわ。私は破壊屋という映画サイトでいろいろな映画ネタを書いている者です。今回は私に「表現の自由」を教えてくれた1996年公開の『シャブ極道』という映画について語ります。本来は「覚せい剤」と表記すべきですがここでは「シャブ」という言葉も使わせてもらいます。ちなみに「シャブ」の語源は「覚せい剤は一度やったら骨の髄までしゃぶられる」からです。
『シャブ極道』を語るために「まず見直すためにDVDを買うか」と思ったけど、amazonで調べたところ中古のDVDが17500円だったので諦めた。DVDにプレミア価格がついている理由はもちろん絶版されているからだけど、それだけではここまで高額にはならない。間違いなく『シャブ極道』というタイトルも原因だ。「シャブ」+「極道」という反社会的な言葉を2つ足しただけで生まれる強烈なインパクト。こんなタイトルの映画は他に無い。
この反社会的すぎるタイトルは当然ながら大きな問題になった。劇場公開後のビデオ化の際に今は亡き日本ビデオ倫理協会(通称ビデ倫)がタイトルの変更を指示した。指示に従わなければビデ倫の認可がもらえない。そうすれば事実上市場に流通させることができないので、ほぼ強制ということ。これに対して『シャブ極道』の細野辰興監督がビデ倫に反発する仮処分を申請した。結局ビデオは『大阪極道戦争 白の暴力』『大阪極道戦争 白のエクスタシー』の上下巻タイトルに変更された。仮処分申請に対してはビデオのパッケージに<劇場公開名「シャブ極道」>と書くことで和解となった。上下巻で発売されたのはこの映画が2時間40分を超える大作だからだ。
VHS化でタイトルが変えられた『シャブ極道』上巻のパッケージ
仮処分申請の経緯と和解についてはこんなものを書いていた 「シャブ極道」タイトル変更指示撤回を求める仮処分申請の結論に関する報告で、 細野辰興監督自身の文章が読める。細野辰興監督の要求である「映倫(※映画倫理委員会)もビデ倫も表現の自由を良識から守る為に存在して欲しい」というのはうなずける意見だ。
また日本映画監督協会が今は亡き大島渚名義で発表したリンク先の文章では『シャブ極道』の騒動に対して、警察の出先機関であるビデ倫が表現を規制することを「事実上の検閲」と指摘している。また映倫とビデ倫の解体まで要求している。
『シャブ極道』のDVDは表現の自由を守って元のタイトルで発売された。今後復刻されるかわからないし、もし復刻してもそのときに表現の自由が守られてオリジナルで観られるかもわからない。だからこそプレミア価格がついているのだろう。
そして劇場公開時に高校生だった私はこの騒動から表現の自由を学んだ。一連の騒動は映画雑誌のキネマ旬報が伝えていた。映画好きな私にとって映画監督や映画評論家は全員が品格あるインテリエリートというイメージが強く(今はそう思っていない)、そんな映画監督や映画評論家たちが「シャブ」という表現を守るために真剣に怒ったり戦ったりしているギャップが面白くてしょうがなかった。そして彼らの姿勢から「どんなに酷い表現でも守らなきゃいけないんだ!」という社会における自由や権利というものを理解した。私は大切なことをシャブに教わりました。
もちろん『シャブ極道』はビデオ化だけではなく劇場公開時にも問題となった。映倫により、なんせ日本映画史上初の「性描写以外が原因で成人指定」となったからだ。この映倫の決定もやはり表現の自由の観点から反発を受けた。高校生の私は『シャブ極道』を観れないけど年齢をごまかして観に行った。映画館の窓口でドキドキしながら「シャブ極道一般一枚……」と言ったら、問題なく劇場に入れて拍子抜けした思い出がある。今思い起こせば人生で初めての18禁映画がポルノじゃなくてシャブだった自分もすごいな。
映画の内容を解説します。映画は最初からブッ飛んでいる。まあシャブ打つ人の物語なんだからそりゃあもう飛んでいるに決まっている。映画が始まると裸のオンナ二人と役所広司演じる極道・真壁が寝ている。シャブ打って3人でエッチしていたのだ。真壁はオンナを蹴り飛ばしながら起きて、おもむろにスイカに塩をかけてしゃぶりつく……よく見るとかけたのは塩じゃなくてシャブだった。シャブスイカを食べて寝起きでも元気になった真壁は、大阪の街を爆走してバットとガソリンで債務者に追い込みをかける! 真壁にとってシャブはサラリーマンの栄養ドリンク程度の扱いで、体調が悪くなればシャブ打って元気を取り戻す。
とにかく真壁のキャラ設定が独創すぎて独走している。まず真壁は極道モンなのに酒やタバコは一切やらない、会合でもオレンジジュースを飲むくらい。その理由は「体に毒だから」だ。酒もタバコもやらないけど、その代わり真壁はシャブを打って打って打ちまくり、シャブを売って売って売りまくる。覚せい剤のほうがよっぽど体に毒だよ! とツッコミを入れてはいけない。劇中、真壁は劇中で数々の迷言を連発する。
「一人でも多くの人にシャブ食うてもろうて
みんなに幸せになってもらいたいんじゃあ」
(覚せい剤で日本が幸せになれると信じている)
「ワシらは博徒やない、クスリ屋や!
バクチ打つならクスリ売れ!」
(組長に出世した真壁は組のシノギをバクチからお薬屋さんに変更、シャブローションなんてものを開発する)
「ワシはシャブで命はってんじゃあ!
今は犯罪かもしれんがな、百年たってみい。
ワシの名は歴史の教科書に輝いているいるんじゃあ!
ワシは世のため人のためにやっとるんじゃあ!」
(確かに歴史の教科書の人物には極悪人が多いよね)
「ワシがシャブ売るんはゼニカネのためだけやない
人間はなぁ、シャブで幸せになれるんじゃあ」
(「ダメ、ゼッタイ!」じゃなくて「ゼッタイ、OK!」という逆転の発想)
cakesにこんな文章載せていいのか!? と不安になるほど危険なセリフが満載だ。さきほど「真壁にとってシャブはサラリーマンの栄養ドリンク程度」と書いたけど、後半になると味付けの醤油程度の扱いになる。これは「しゃぶしゃぶシャブ」という大爆笑シーンなので観てのお楽しみに。
それ以外にもこの映画には特筆すべきことが多すぎる。まず覚せい剤中毒の極道を演じた役所広司の演技力だ。改めて『シャブ極道』が公開された1996年という年を振り返ってみよう。この年の日本アカデミー賞で、主要7部門を総なめにした映画が『Shall we ダンス?』。この日本映画史の良心的存在である映画で、主演男優賞をとったのはもちろん役所広司。役所広司は同じ年に『シャブ極道』で怪演していたのだ。
役所広司は同じ年のキネマ旬報主演男優賞も獲得しており、当時のキネマ旬報を読み返すと、役所広司に投票した映画評論家は全体の6割近くという超圧勝。役所広司の得票数は二位だった本木雅弘の5倍以上もあった。人畜無害なサラリーマンを演じた『Shall we ダンス?』と、『シャブ極道』との演じ分けが高く評価されていたのだ。ちなみに『Shall We ダンス?』の撮影後に『シャブ極道』を撮影したとのこと。
さらに『シャブ極道』はなんとラブストーリーでもある。劇中で真壁は鈴子という女に一目ぼれして夫婦となる。真壁は鈴子と出会ったときのことを「メタンフェタミンが出た」と表現する。メタンフェタミンとは覚せい剤の正式名称で、恋愛がもたらす高揚感と暴走と依存をそのままストレートに覚せい剤として描いている。
もちろん覚せい剤を常用する真壁には、地獄のような禁断症状が待ち受ける。このシーンはホラー映画並みに怖い。『シャブ極道』を観て覚せい剤に手を出す観客は絶対にいない。まあ過去の覚せい剤常習者がこの映画を観て昔を懐かしんで再び手を出す危険性はあるでしょうが。
そして意外にもコメディ映画としても優秀だ。私が劇場で観たときは観客が爆笑するシーンがいくつかあった。真壁が殺された部下に話かけるフリして観客に話しかけるというメタギャグまである。
真壁がもう一人「相思相愛」と表現する相手が登場する。それは松田組の組長の神崎だ。松田組の設定は、日本最大の暴力団で神戸に本部があり覚せい剤禁止というもの。その手の文化が好きな人ならすぐにわかると思うが、松田組のモデルは間違いなく実在する巨大暴力団だ。そもそも『シャブ極道』の原作者はその暴力団の元顧問弁護士だったりする。真壁は神崎のことをライバルとして尊敬し「わしが日本をシャブで幸せにするか、神崎が日本からシャブを無くすか、勝負や」と決意する。
さてここからはネタバレですので、映画を未見の方は罫線内を読まないで欲しいです。
極道モンの真壁が昭和も平成も大災害もシャブ打ちながら爆走していく姿そのものが、日本社会の良識をぶち壊す最高の映画表現だ。恋有り、笑い有り、アクション有り。160分の長尺にあらゆるエンターテイメントの要素がギッシリと詰まっている。この映画はハリウッドの超大作映画にも匹敵する、真の超大作日本映画だと私は真剣に評価している。
余談だけど、『シャブ極道』のDVDは幸いにもレンタルができた。今回の記事を書くために17年振りに『シャブ極道』を観ると、高校生の頃はさっぱり意味がわからなかったシャブローションの意味がわかった。体に塗るだけで何で覚せい剤が効くのかわからなかったけど、大人になった今では女性の性器内で覚せい剤を吸収しているからだとわかった。表現の自由を教えてくれた名作だけど「成人指定はしょうがないかも」と言いたくなるシーンだらけ。強烈なインパクトのタイトルにまったく名前負けしていない超危険ブツ映画だ。