「ショーンK」状態とは何か
結婚したり付き合い始めたりしたカップルに馴れ初めを聞くと、3割くらいの確率で「けっこう前からその存在を知ってはいたんだけど、特に何の印象も持ってなかったんだよね」という回答が戻ってくる。頻繁に聞かされるあの長ったらしい説明が示す状態には名前が必要ではないか。ひとまず仮に、あの状態を「ショーンK」と名付けておこう。2人の間に「ショーンK」状態を脱する、きっかけとなる出来事が起きる。例えば、急性胃腸炎になった時に誰よりも先に「心配してるよ」とLINEをくれたとか、その場にいる大半がガリガリ君の梨味の再現力を褒めているのに自分と彼女だけが「そうでもないっしょ」と言ったとか、何がしかの出来事を経て、何の印象も持っていなかった「ショーンK」状態から脱していく。
自分にとってショーンKという人は、長いこと「ショーンK」状態のままだった人である。わざわざ名付けたくせに長ったらしい説明文に戻すと、「前々からその存在を知ってはいたけれど、特に何の印象も持っていなかった人」である。すこぶる豪快な経歴詐称がバレて全ての番組出演を自粛することになったが、案の定、殺人犯が住んでいたアパートの近隣住民が「実は怪しいと思っていた」と語る感覚で「そんな感じがした」という後出しジャンケンが方々で放たれている。その一方で「経歴詐称は良くないが、彼のコメント力は類い稀なものだった」という意見も出る。どちらも頷けない。なぜなら自分にとって、今の今までショーンKは「ショーンK」状態にいる人という把握でしかなく、「ショーンK」状態を脱する出来事が一切起きなかったからである。つまり、向き合ったことがない。多くの人がそうではなかったか。
謎めいた擁護
尾木ママが今件について、「私もテレビ局もころっとだまされちゃったわね…」「いわば『ゲスの極み詐称』。絶対に許せない」(東京新聞・3月19日)と答えている。不祥事の発生に合わせて未だに「ゲスの極み」を使うところに尾木ママが重宝される理由が詰まっているが、果たして私たちは彼に「ころっと」だまされていたのだろうか。ショーンKは、「ショーンK」状態を日々懸命に保持していたはず。自分が設定した架空の経歴に負けないように、新聞を読み、ビジネス書を読み、英語力を身につけ、トーク術を鍛練していたのだろう。
「経歴詐称は良くないが、彼のコメント力は類い稀なものだった」という擁護は謎めいている。賞味期限切れの食材を使ったことを指摘している最中に、料理の腕前を叫ばれても、それは擁護になり得ない。ウェブサイトに虚偽のプロフィールを載せ続けていただけ、と思っている人も多いが、『週刊文春』の記事には、彼がかつて『月刊BOSS』に「1997年から98年にかけて(F1チームの)マクラーレンのコンサルティングをさせていただいたことがあって、そのうちサーキット内のパドックにも入らせてもらえるようになり、カーレースの醍醐味を知ったのだ」と話していたとある。それに対し、マクラーレン側は「この25年間、お名前は聞いたことがありません」ときっぱり回答した。
つまり、彼は虚偽のプロフィールを載せていただけでなく、その都度、上塗りしながら、虚偽の経歴を自己管理していたことになる。「サーキットのパドックにも入らせてもらえるようになった」と言い放つのは、とっても恣意的なことだ。いつか更に突っ込まれた時のために「サーキット パドック」などと検索し、カーレースの醍醐味を自分なりに探索していたかもしれない。