詩の原稿をブツブツ唱えている私に、男性ディレクターが頭をかいて話しかける。
「もうすぐバレンタインっすねえ」
「はあ……。そうみたいですね」
二月のある日、私は乃木坂にある番組制作会社のスタジオにいた。ラジオ局J-WAVEの番組内で、書き下ろしの詩の朗読のコーナーを持っている。今日はその収録日なのだ
ディレクター氏は思い出したように「ふづきさんにこんなものが届いてました」と、角が尖った立派な封筒を差し出した。怖い手紙だったらどうしよう、と思い、その場でバリバリと封筒の糊を引き剥がす。
これは……! 私は舞踏会の招待状をゲットしたシンデレラ嬢さながら、輝く瞳でディレクター氏を見上げた。
「手紙、なんでした?」
「……エステサロンのチケットみたいです」
「は、エステ?」
「酵素ふぇいしゃ……フェイシャル、ベーシック、トリートメント60分……」
以前、1月25日の美容記念日に寄せて「うつくしい生活」という詩を書き下ろした。詩の朗読を聴いたエステサロンの方が、なんとチケットを送ってくれたらしい。同封の便箋に、きれいな字で詩の感想が綴られていた。
化粧はたまにアイラインを引く程度。気まぐれに鏡を見て、思い出したようにリップクリームを塗る……。そんな美意識の低い生活を送る私には、エステで何が行われるのか、まったく想像がつかない。
バラの絵が描かれた華々しいチケットには〈日本で一番古い美容院〉というコピーと共に、六本木ヒルズ内のエステサロンの名前が記されている。
バレンタインデーも忘れるほど枯れた日常の中、突如、六本木のエステサロンの門を叩くことになった。バラ色のチケット。これは私にとって、シンデレラのお城の舞踏会に匹敵する大事件だ。
キレイなお姉さんはお見通し
「普段、お手入れはどんなことをされていますか?」
私が記入したアンケートを見ながら、白い施術着姿のキレイなお姉さんが問いかける。
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