1989年の戸部田誠
1989年。
それは、70年代後半に一度は停滞したものの、80年のマンザイブームによって生まれ変わったテレビバラエティが〝青春時代〞を迎えた年である。
ある者はこの年に青春時代を終え、またある者は青春の只中に突入した。
そして現在、そこで築かれた〝平成バラエティ〞がひとつの転換期を迎えようとしている。
『笑っていいとも!』「グランドフィナーレ」は確かに「テレビの最終回」かもしれない。だが、同時に『ひょうきん族』の最終回がそうであったように、新たな時代の誕生祭でもあるはずなのだ。
あの頃、芸人たちは各世代が入り混じって戦国時代のように真剣を振り回しながら戦っていた。それは芸人たちに、あるいは裏方の作り手たちにとっても青春だった。そしてそれを見る僕たち視聴者にとっても。
テレビに出る人、作る人、見る人……。立場は違うがみんなテレビっ子だった。「テレビっ子」という言葉は、1960年代に生まれた言葉だという。もともとは、テレビがない時代に育った世代に対して、幼い頃からテレビを見て育った世代を指す言葉だった。ビートたけしやタモリから明石家さんまらの世代だ。やがて言葉の意味は変遷し、テレビが当たり前になった80年代頃には、世代を抜きにして他人よりもテレビが好きな子どもを指すようになった。つまりとんねるずやダウンタウン、ウッチャンナンチャンたちがそうだ。そしていまはインターネットなどの普及によってネットがテレビに取って代わったという層も出てきた。ネットをはじめとする他の娯楽が溢れているためにテレビを見ないという人が珍しくなくなった。そういった層に対して今でもテレビが好きな人たちがあえて「テレビっ子」を名乗る場合もある。つまり僕だ。
部屋で座ってテレビを見る。それが僕にとっての「青春」だった。