映画も小説も一本の細い糸を追いかける
「奇想天外の方が面白いんですって。人生なんてね」
「奇想天外過ぎです、安室さん!」
『リップヴァンウィンクルの花嫁』より
同じタイトル、同じテーマを扱ったふたつの作品がこのたび誕生した。『リップヴァンウィンクルの花嫁』と題された岩井俊二さんの映画と、小説。映画の公開は3月26日からだけれど、小説のほうはすでに刊行されていて、手に取ることができる。小説を原作として映画化しているわけだが、それぞれが独立して立つ表現として成立している。
岩井さんの長編映画といえば2004年『花とアリス』、2012年『ヴァンパイア』に次ぐものとなり、新作を待ち兼ねていた人も多いはず。そんな向きには、悩みどころなのではないだろうか。先に小説を読んで、作品のストーリーをあらかじめ知ってしまっていいものかどうか。
岩井さん本人に聞いてみると、
こちらから言えるとすれば、お好きなほうからどうぞ、ということでしょうね。小説は小説であり、映画は映画。別モノとして楽しんでもらえれば。それぞれに異なる面は必ず出てきますしね。
たとえば、どうしても小説のほうが“完全版”になってしまうこととか。映画は上映時間の問題もあって、話の全体を描けるわけではない。今回の『リップヴァンウィンクルの花嫁』だって、小説に書いた話をフルに盛り込んだら4~5時間の映画になってしまいます。
それに、映画では、物語をたどってもらうことが重要だとは思っていないんですよね。もっと、できるだけ五感に訴えるようと心がけてやっている。だから、先に小説を読んで話の全体像を知ったとしても、それほど影響はないんじゃないですかね。
映画と小説では、成り立ちやつくり方からして、ずいぶん違うものなのだという。
作品内を流れる時間ひとつをとっても、小説は時間を行ったり来たりできるけれど、映画の場合、それは禁じ手。基本的に、時系列どおりに進まないといけない。始まりから最後まで、ある一定の流れで進めていく。過去を振り返る技はあるけれど、使うほどややこしく難解になってしまいます。
映画、小説、その他の表現でもそれぞれに、ルールや特性がある。その流儀に則りながらつくる。ただ、共通して意識していることはある。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。