誰がアメリカ大統領になるか。それはアメリカ国内だけではなく、世界の国々にも影響を与える。だから大統領選挙は真剣に取り扱うべきなのだけれど、アメリカ国民にとっては4年に一度の「大エンターテイメント」でもあるのだ。
1年以上続く選挙のプロセスはちょっとややこしい。それゆえ、日本にいる人には、その「おもしろさ」が伝わってこないかもしれない。しかし、アメリカではみなが熱狂するアメリカンフットボールに負けず劣らず、大統領選を楽しんでいるのだ。これを楽しまない手はない。
スポーツ観戦の醍醐味は、選手のパフォーマンスを楽しむだけでなく、勝ち負けを予測し、ひいきのチームの応援をする楽しさにある。
その上、大統領選挙は、好奇心で追いかけているうちに、無味乾燥に思える世界情勢がおもしろくなってくる。それぞれの候補の政策と、彼らの支持者を理解すると、アメリカが見え、そして、日本の置かれた位置づけも見えてくる。楽しみながら時事問題にくわしくなるという、スポーツ観戦にはない「知的オマケ」まであるのだ。
そんなアメリカ大統領選を、アメリカ国民といっしょに楽しんでもらえるよう、この連載では、やじうま的敷居の低さで楽しむコツと最新のレポートをお届けしたいと思う。
1分でわかる大統領選のルール
スポーツ観戦でもそうだけれど、ルールやシステムがわかってくると、がぜんおもしろくなる。
アメリカの大統領選挙は、時間をかけて勝者を絞り込んでいくプロセスや、ひいきの党や候補者への入れ込みかたがよく似ている。ライバルの党や候補者だけでなく、その支持者まで敵視する心理や、ひいきが負けると悔しくて眠れないところもそっくり。
けれど、まずは日本のプロ野球に例えて、プロセスを説明してみようと思う。
大統領選には、予備選→党大会→大統領選の3つの段階がある。
アメリカの二大政党である民主党と共和党を、セ・リーグとパ・リーグに例えると、大統領選挙の流れがよくわかる。
実際はもっと複雑なのだが、それぞれの党(リーグ)での選挙のプロセスを単純にするとこんな流れだ。
予備選の候補者は、レギュラーシーズン出場チームだと思えばわかりやすいだろう。
そして、2月から6月にかけて全米50州で別々に行われる予備選挙は、レギュラーシーズンの「試合」と考えるといい。下記は、アメリカ地図と予備選挙のスケジュールだ 。
2月、SuperTuesday(3/1)、3月、4月、5月、6月と順に青色が濃く表示されている
もちろんプロ野球とアメリカ大統領選挙では違うところもある。
プロ野球はたとえ出場チームの負けが決まってもレギュラーシーズン終了まで試合を続けるが、大統領選挙では負けを認めた出場チーム(候補者)は選挙運動をやめる。
また、大統領予備選挙では、単純に勝った試合の数ではなく、スコアの積み重ねで勝敗が決まり、レギュラーシーズン(予備選)が終わったときには、クライマックスシリーズ(党大会)での勝者はすでに決まっているのがふつうだ。しかし、勝敗が党大会まで持ち込まれることもあり、そうなったら党大会は大荒れになる。しかも、今年はふつうではない可能性があるから見逃せない。
問題は、試合のスコアのつけかただ。これはアメリカ国民でも、相当入れ込んでいる人でないと理解できない。そこで簡単バージョンを次回ご紹介したいと思う。
さて、今回はレギュラーシーズン(予備選)における、それぞれのリーグ(党)でのチーム(候補者)をご紹介しておこう。
去年はもっと多くの候補者が名乗りを上げていたのだが、シーズン開幕戦といえる2月1日のアイオワ州での選挙を終えた現時点では、次のラインアップになっている。現時点での全米世論調査の順に並べた。
民主党候補
※灰色になっているのは、ドロップアウトした候補(MSNBCより)
ヒラリー・クリントン
アメリカ初の女性大統領が期待される元国務長官で、ビル・クリントン元大統領の妻
バーニー・サンダース
理想主義の若い男性から熱狂的な支持を得ている社会民主主義者で、去年まで無所属
共和党候補
※灰色になっているのは、ドロップアウトした候補(MSNBCより)
ドナルド・トランプ
「荒唐無稽な大統領候補トランプ」でもご紹介した差別発言だらけの実業家。世論調査ではいまも全米ナンバー1
テッド・クルーズ
同性結婚、中絶反対。銃を持つ権利支持の極右。汚い政治手段で党内で嫌われているが、宗教右派からは大人気
マルコ・ルビオ
政治的に極右のキューバ系アメリカ人。最年少の44歳で企業からの支持が大きい
ベン・カーソン
特殊なシャム双生児の分離手術で世界的に有名になった黒人の脳神経外科医。政治的には極右
ジェブ・ブッシュ
ジョージ・W・ブッシュ大統領の弟でフロリダ州知事。右寄りだけれどクルーズやルビオより中道
クリス・クリスティ
マフィアっぽい態度で有名な巨漢のニュージャージー州知事。もっとも中道
ジョン・ケイシック
オハイオ州知事。いまでは珍しくなってしまった、民主党と協働できる共和党員
カーリー・フィオリーナ
女性ながらもヒューレット・パッカードの最高責任者になったことが唯一の謳い文句。まだドロップアウトしていないのが不思議
日本に住んでいる人から、「どうせヒラリーが勝つんでしょ」とか「このままでは、トランプが大統領になるのでは?」と言われることがある。
メディアも候補者の陣営も大金をかけて世論調査をするから、その数字で圧倒的に勝っていたら、もう勝ち負けは決まったようなものだと思うかもしれない。
しかし、アメリカの大統領選挙ほど先が読めない選挙はほかにはない。 経験を積んだプロの政治家や政治アナリストでも、大ハズレの予想をする。どれほど人材とお金を投入して分析しても、コンピュータでシミュレーションをしても、それを覆す何かが起こる。
選挙がある11月までに世界のどこかで紛争が起こるかもしれないし、金融危機が起こるかもしれない。誰も知らなかった候補者のスキャンダルが明るみになることもある。それ次第で有権者の心理は左右に振れる。
天気の良し悪しで結果が変わることだってあり得る。たとえば、キリスト教原理主義や全米ライフル協会の会員は、「なにがあっても投票する」という強い意志を持っている。だから、嵐が来たら、こういう支持基盤を持っている候補のほうが有利なのだ。
天候で大統領選の雰囲気が一変したのが、4年前の大統領選挙だった。
大統領選挙投票日が目前に近づいた10月29日から30日にかけて、アメリカ北部を超大型ハリケーンが襲った。 特に被害が大きかったのがニュージャージー州だった。知事のクリス・クリスティは国からの援助を要請し、オバマ大統領はそれに迅速に応えた。被災地にかけつけた民主党候補のオバマ大統領を、共和党のクリスティが大歓迎する写真がメディアに溢れ、「オバマ大統領は、政治的立場にかかわらず、国の危機に素早く対応できる信頼できるリーダーだ」という印象が強まった。
投票は、翌週の11月6日だった。10月末の世論調査ではバラック・オバマ大統領に勝っていたロムニー共和党候補は、自分の勝利を確信していた。それなのに、蓋を開けてみたら明らかな敗北だったのだ。これが、クリスティのせいだと考える共和党員は少なくない。
こういうことがあるから、大統領選挙は選挙当日まで目が離せない。
世界平和に影響を与えるイベントをこう呼ぶと叱られそうだが、アメリカ大統領選挙は、世界のどんなイベントより胸を躍らせるエンターテイメントなのである。
世界経済の基軸通貨ドルを司り、世界平和を揺るがす、日本とも縁の深い大国の一大事を、私といっしょにやじうま的に観戦してみよう。
【ミニ予想】
2/9(火)ニューハンプシャー州 予備選の勝者
民主党 若者に革命の興奮を与えるバーニー・サンダース
共和党 「本音トーク」がウケているドナルド・トランプ
予想理由:ニューハンプシャー州のモットーは、"Live Free or Die"(自由に生きる。それができないなら、死んだほうがいい)であり、権威を嫌う。だから、これまで無所属だったサンダースとトランプに共感を覚える人が多い。また、アメリカでは最もキリスト教へのこだわりがなく、白人が94%という特徴がある。これもユダヤ人のサンダースや支持者の大多数が白人のトランプには有利。
注目ポイント:「サンダースとトランプが大差をつけて圧勝して当然」とみられているので、もしそうでなかったら2人の勢いが衰える。つまり、二人にとってはかえってプレッシャーが大きい場所。
ブッシュが2位を維持すれば彼が息を吹き返す可能性がある。だが、ここでルビオが1位になるか接戦すれば、ルビオの株が上がる。
次回が待ちきれない人は、「荒唐無稽な大統領候補トランプ【前編】うっぷんを抱える白人中産階級」「荒唐無稽な大統領候補トランプ【後編】危険なカリスマの手口」をお楽しみください。