翌朝。リナとマイは、昨日のうちにコンビニで買っておいたパンを食べた。
「今日れいちゃんと遊んで帰るから、晩ご飯いらない」
リビングの鏡の前で髪の毛を一つに束ねながら、マイがリナに言う。
今年の夏に引退するまで、マイはチアリーディング部に所属していた。大会では、高い位置でポニーテールを結ぶのが部の決まりだったので、マイは1年で入部して以来、ずっと髪の毛を伸ばし続けてきた。引退を機にようやく10センチほど短く切ったものの、長く続けたスタイルはすっかり自分の中の定番となっていて、登校前には必ず一つ結びにする。
「れいちゃんとどこ行くの?」
ファンデーションのコンパクトを片手に、熱心にメイクに勤しむリナがマイに尋ねる。
「イーモール」
マイが答えると、リナがちらっとマイを見て、わざとらしく言う。
「あんまりチャラいのについて行くなよぉ?」
即座にマイがむっとした様子で答える。
「……お姉ちゃんに言われたくない」
イーモールは、市内で一番大きなショッピングモールだ。街には他にそれほど遊ぶ場所があるわけでもないので、専ら近隣の子供達の溜まり場になっている。特にフードコートは中高生の出会いの拠点として知られていて、「イーモールなう」とツイッターで呟くと、同じようにやってきて「イーモールなう」している他校の中高生とその場で繋がって、気が合えば連絡先を交換したり、お茶したりする。マイ自身はどちらかといえば内気な方で、知らない子と話すのはそんなに得意じゃない。だから、自分から積極的にそういう遊びに興じることはないものの、仲良しの友達に誘われれば素直に付き合う。
最近は部活もないので、学校は大体4時過ぎには終わる。
普段、あまり来ることのないこの時間帯のイーモールは、幼稚園帰りの子供を連れた若いお母さんや、おじいちゃん、おばあちゃん達で賑わっていて、いつもとはやや雰囲気が違っていた。
少し前にれいちゃんがツイートした「イーモールなう」も、当然ながらいつものようには振るわない。
「なんかイマイチだね」
れいちゃんがスマホの画面をスクロールしながらつまらなそうに呟く。
「だねー」
マックで調達してきたシェイクのストローを弄びながら、マイはぼんやりと返事を返す。
正直なところマイは別に、出会いがあろうがなかろうがどっちでもいいのだが、れいちゃんがイマイチというなら、マイもイマイチだと思う。
しばらくの間、お互い何を話すでもなく過ごしていたものの、ふいに、れいちゃんが思い出したように口を開いた。
「ねえマイちゃん、聞いて。一昨日うちの両親が喧嘩して、それ以来パパとママがずっと口聞かないの」
「え、そうなんだ」
意外だった。マイの知るれいちゃんの両親はいつだって仲良しで、喧嘩なんて、とてもしそうには見えなかった。
「パパは出て行くとか言い出しててさ……離婚するのかな」
不安そうに言うれいちゃんを前に、マイは嫌が応にも、昔のことを思い出した。
パパが家を出て行ったのは、今から6年前のある夜のことだった。
当時マイは小学生で、ママと入っていたお風呂から丁度上がったところに、大きなバッグを持って玄関に立っているパパと、鉢合わせた。
「パパ、どこ行くの?」
直前の夕飯の席でのパパとママの言い争いを思うと、マイは急に不安になった。けれども、パパはマイの質問には答えようとせず、代わりに「じゃあね」と言い残して、そのまま家を出て行ってしまった。
「……ママ、パパ行っちゃったよ!どうしよう」
マイが慌ててママに詰め寄ると、ママはマイに目を向けずに言う。
「行って欲しくないなら、行かないでって言えば?」
物音で駆けつけたリナと2人、急いでパパを追いかけた。けれどマンションの外まで出たときには、通りにはもうパパの姿はなく、リナとマイは仕方なく部屋に戻るよりほかなかった。その夜は2人とも沢山泣いた。自分の部屋にこもったっきり出てこなかったママも、きっと泣いていた。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。