脇役だけど主人公な亀岡拓次の魅力は?
—— 映画『俳優 亀岡拓次』では戌井昭人さん原作の小説を、横浜聡子監督が映画化されました。
「俳優」というと、ファンにちやほやされたりする華やかなイメージがありますが、主人公の亀岡は、そういった自分をアピールするような俳優とは真逆ですね。
横浜聡子(以下、横浜) 普段はすごく地味な生活してるけど、芝居となると、「うわっ、すごいなこの人」って人はよくいますよね。
戌井昭人(以下、戌井) 結構いますね、そういう人。横浜さんのほうがそういう人は見てるかもしれない。
劇中より左が亀岡拓次(安田顕)、右が宇野泰平(宇野祥平)
©2016『俳優 亀岡拓次』製作委員会
横浜 役者って生き物は、みんなそうっちゃそうですよね。今回、亀岡拓次役を演じてくれた安田顕さんも、普段はスパークするような人じゃない。
戌井 俺のまわりにいる感じの人を書いたから、というのもあるんですけど、俳優で飯食えているからといって、大きなサクセスをしてるわけじゃない人たちがたくさんいるじゃないですか。俺もですけど。
そういう人たちの感じも大切というか、彼らの独特のおもしろみを書いたつもりはあります。今回の話は全然サクセスストーリーじゃない。適当にサクセスしてるつもりでいるだけですもんね。
横浜 普段からサクセスストーリーを目指した生き方をしてる人って、俳優とかやらなくても生きていけるんじゃないかと思います。 俳優やってる人たちは普段はいたって普通だからこそ、その反動でカメラの前で演技するっていう普通の人ができない恥ずかしいことができちゃうわけですから。
戌井 普段ムードメーカーで、自分はおもしろいっていきがってる人が、カメラの前だと全然おもしろくない場面は何回か見たことがありますね。笑いをねらってない人の方がおもしろいと思うんですけどね、結局。
—— お二人にとって、亀岡の魅力ってどんなところですか?
横浜 なんというか、時代が違ってもこのままの感じで生きていそうですよね。ひょうひょうとしてるけど、達観してるってわけでもないし、そこまでかっこいい感じではないんですけど。
戌井 なんでしょうね。そういう謙遜とかの具合が、丁度いいところにいるのかな。
横浜 自分をあまり大きく見せないじゃないですか、亀岡さん。たぶん見せようとしても失敗するんだろうな。
戌井 気恥ずかしさもあるし、いちいち自分のことをしゃべるのがめんどくさいっていうのもある。
横浜 めんどくさい、ですか。でも後輩とかと飲みに行ったらそんなにお金がなくてもおごっちゃいそうですよね。そういう小さな見栄を張っちゃう滑稽さもあったりする。
戌井 でも怒られ上手でもあるんでしょうね。
横浜 個人的な興味になるんですけど、戌井さんって怒ることあるんですか?
戌井 例えば、「もっと自分を見せたい」ってつまらないアドリブやっておもしろいことやってるつもりになってる人がいるとイラッとくるかなあ。
横浜 イラッとくると?
戌井 もう昔の話ですけど、アドリブでバケツ投げ込んだりして大きい音たてて消しちゃうとか。そういうことは何回かありましたね。でも普段はそんなにないですね。そうならない人と集まってやってるということもありますし。
—— 戌井さんは、「もっと自分を見せたい」とはならないんですか?
戌井 今は舞台にでたくない気持ちのほうが強いですね。肩書きで時々「俳優」とか書かれてるけど、消してもらってます。これはこういう役だ、と深く感情移入したりはもうできないので、やらない方がいいんじゃないかと。
横浜 じゃあ思いがけないすごい大役の出演依頼がきたら?
戌井 それは他の人がいいと思います。あと、セリフとか覚えなきゃいけないじゃないですか。大変ですよ。
横浜 あははは、やる気がない。あんまり大変なことはしたくないんですか?
戌井 そうですね、自分のことを優先したいです。いずれいい時期があればやりたいかな、たぶんないですけどね。
—— 戌井さんは今回『俳優 亀岡拓次』の映画にもご出演されてますが、撮影現場はいかがでしたか?
戌井 ありがたいんですが、正直、恥ずかしくてしょうがないですよね。なんで原作者がのこのこ出てくんだ? みたいな感じじゃないですか。
横浜 その節はありがとうございます。殺陣のシーンでそうとうなアクションをお願いしちゃって、簡単じゃない役をやってもらったので、負担が大きかったかなーと。
戌井 大変でした(笑)。
横浜 あの山﨑努さんも作中で監督役なので、そばでばっちり見てますしね。気軽に現場に来てもらうような感じではなかったですよね。
戌井 とてもささっと見にいって、ささっと帰る感じではなかったですねえ。
横浜 私はとってもおもしろかったですけど。
横浜監督と戌井昭人さんの世界観
—— 横浜監督はパンプレットのインタビューで「映画にしやすい原作でもなさそうだ」と答えられてましたね。
横浜 亀岡、という人物にはハリウッド映画的な主人公のわかりやすさがあまりないんです。最初はどうしようかなと思ったんですけど、亀岡自体がおもしろいっていうのがまずあるので、亀岡という人間をきちんと描くことに集中すれば、戌井さんの小説のおもしろさと世界観は損なわずにできるんじゃないかなと。
劇中より左が室田安曇(麻生久美子)、右が亀岡拓次(安田顕)
©2016『俳優 亀岡拓次』製作委員会
—— 戌井さんの作品に、どこか自分と近い世界観を感じるところはありましたか?
横浜 まったく私の知らない世界の感じもします。
戌井 バンドのNUMBER GIRLとかZAZEN BOYS好きですよね?
横浜 好きです。
戌井 私も大好きです。そこらへんの音楽の趣味とか。ちょっと無理矢理かな(笑)。
横浜 戌井さんは、音楽とか小説とかたくさん読んでるし、いろんなことご存知なんですよね。そのすべてを吸収して、ご自分のフィルターを通して作品にしている感じがします。自分の脚で歩いて出会ったすべての世界をちゃんと自分の中で消化してまた別のものにする、っていう作業をやられてるんだろうと思うんです。私にはあまりそういう、何が好き、というのがあまりなくてですね。
戌井 へえ。
横浜 楳図かずおが好き、くらいで。だからそんなにネタがないんですよ。
戌井 頭の中で考えるほうが好き?
横浜 好きですけど、自分の頭の中だけで考えることっていつか尽きてしまいますからね。戌井さんは飲み会でもなんでもご一緒すると、その場ですごいおもしろい話とかをばーっと思いついて話すじゃないですか。すごい人なんだな、やっぱり天才肌なんだな、と思います。
戌井 いい加減にしゃべってるだけですよ、その場しのぎで。自分でしゃべったことはまったく覚えてないですからね(笑)。
虚構と現実を行き来するのが俳優の人生
—— 映画では、どこまでが亀岡の日常生活で、どこまでが演じている亀岡なのかわからない、日常と虚構が混る不思議な展開でした。どういう狙いの演出だったんでしょうか。
横浜 人間の頭のなかで想像したものと現実っていうのは、実はそんなに境目がないと思うんです。例えば、朝目覚めたら、夢の出来事を覚えてて、その日の自分に影響したりしますよね。そういう意味では、妄想や空想も現実に堂々と影響してるな、と。
戌井 酔っ払ったり寝ぼけたりしてると特にね。
横浜 そうそう。この映画は俳優という職業の人が主人公だからこそ、ファンタジーという逃げ方をしないで、現実でそういうのを描けるというのはありましたね。“現実と非現実が縦横無尽に訪れる”っていうのは俳優の人生そのままなわけですから。
戌井 それは本当にそうですね。
横浜 戌井さんの原作でも亀岡が映画のスティーブ・マックィーンになりきっちゃうシーンがあるんです。その場面も突然始まるんですよ。日常の自分から別人になったり、ほぼ妄想に近いことを実際やっちゃったり。
戌井 旅行してて、映画の舞台になった町にいったら、その気になって役になりきったりすることってありませんか。昔、アメリカで車運転してて、広い道路をわーっと走りながら、「これロードムービーみたい!」って気持ちになったり。
この映画の撮影前に山﨑努さんと原作について話してたら「亀岡っていうのは撮影現場にいって、たまにそば食って、そんで風呂入ってまた現場いくじゃん、日常と演技が地続きになってて、俺もそうなりてえんだよな」というようなことをおっしゃってたんです。
メイキングより左が横浜聡子監督、右が監督役の山崎努
©2016『俳優 亀岡拓次』製作委員会
横浜 亀岡もそうですけど、山﨑さんも地続きな感じですよね。でも、難しそうですよね。日常生活と役の自分って線を引かないと、普通の人ならやってられないじゃないですか、きっと。
戌井 普通はそうでしょうね。
横浜 亀岡はその境界線をひょいっと跳び越えちゃうんだなって。そこに山﨑さんも何か動かされたんでしょうか。
次回 『俳優は変わってる、監督は変わりたい?』は1月29日(金)更新予定
聞き手:中島洋一 構成:片瀬織江 撮影:加藤浩
映画『俳優 亀岡拓次』1月30日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
出演:安田顕 麻生久美子 宇野祥平 新井浩文 染谷将太 浅香航大 杉田かおる 工藤夕貴 三田佳子 山﨑努
監督:横浜聡子『ウルトラミラクルラブストーリー』 原作:戌井昭人「俳優・亀岡拓次」(フォイル刊) 音楽:大友良英「あまちゃん」
協力:文藝春秋(「俳優・亀岡拓次」文春文庫刊/「のろい男 俳優・亀岡拓次」文藝春秋刊) 製作:『俳優 亀岡拓次』製作委員会 配給:日活
©2016『俳優 亀岡拓次』製作委員会