僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだけれど飽きっぽい。
僕の部屋
僕「じゃあ、ここでユーリに問題を出すよ」
ユーリ「どんとこい」
僕「この波の速度を$v$(ヴィ)としたとき、《速度$v$》を《波長$\lambda$(ラムダ)》と《周期$T$》で表せ。これが問題」
以下のグラフは、ある波を表している。 この波の速度を$v$としたとき、$v$を$\lambda$と$T$で表せ。
ユーリ「むむむ? 波の速度?」
僕「さあどうかな」
ユーリ「……これって、わかるの?」
僕「わかるよ。波長$\lambda$と周期$T$がわかっていれば、波の速度$v$を求めることができる。もう少しいえば、 $\lambda$と$T$を使った式で、$v$を書き表すことができるんだよ」
ユーリ「速度……えーと」
僕「そんなに難しくないと思ったんだけど」
ユーリ「うーん……よくわかんなくなった。波長って波の$1$個分の長さで、周期は波が一回波打つのに掛かる時間だよね。 ほんとにその二つで表せるの?」
僕「表せるよ。……もしかしたら、ユーリは《波が動いていくようす》を頭の中で想像できていないんじゃない? さっきのこの図を思い出せばわかると思うんだけど。 ほら、波の山がずっと動いていく様子」
ユーリ「想像できてるよ! でも、波を考えてると、わかんなくなっちゃうの!」
僕「速度は《位置の変化》を《時刻の変化》で割れば求められるよね。《位置の変化》はどのくらい動いたかで、 《時刻の変化》はその動きにどれだけ時間が掛かったか」
ユーリ「そーだけど」
僕「たとえば、この波の《山》が、波長$1$個分だけ動いたとしよう。つまり《位置の変化》が$\lambda$だということ」
ユーリ「……うん」
僕「そのときの《時刻の変化》は? つまり、《山》が$\lambda$だけ動くのに掛かった時間はどれだけ?」
ユーリ「……もしかして、周期? だから、掛かった時間は$T$?」
僕「そうだよ! なんだ、わかっているじゃないか。《山》の位置が$\lambda$だけ動くとき、掛かる時間は$T$になる。 《山》の速度はもちろん波の速度に等しいから、 $$ v = \dfrac{\lambda}{T} $$ ということになる」
ユーリ「そっか……それでいーのか……」
僕「$\lambda$は長さだから、単位はmやcmなどになる。$T$は時間だから、単位は秒や分などになる。 $\dfrac{\lambda}{T}$の単位は「長さを時間で割ったもの」だから、 確かに速度の単位になってる。 物理量を考えるときには、次元も確かめておかないとね」
ユーリ「……」
僕「なに?」
ユーリ「さっきの、まだ考えてたの。どーして波の速度が$\dfrac{\lambda}{T}$なんだろって」
僕「お?」
ユーリ「あのね、《長さを時間で割ればいい》っていうのはわかってたよ、ユーリも。波長は長さだし、周期は時間だから、きっと波長を周期で割ればよさそーだな、とも思ったの。 でも、うそっぽくて」
僕「うそっぽいとは」
ユーリ「だって、リクツがわかってないもん! 長さになってるものがありますー、時間になっているものもありますー、 だったらきっと、これをこれで割れば速度ですねー……そんなの、 うそっぽいじゃん!」
僕「なるほど。ユーリはバシッと理解したいってことなんだね。ちゃんと納得して。ところで、もう理解できたのかな」
ユーリ「少しは。あのね。ユーリは《波の速度》と《水の速度》がまざってたみたい」
僕「へえ」
ユーリ「波のようすを想像するじゃん? そのときに、さっきお兄ちゃんが描いてくれたように、《山》が動くようすを想像してなかったの。 そうじゃなくて、水が上下に振動しているのを想像してた」
僕「ああ……なるほどね。その上下の動きの速度について考えちゃったわけか」
ユーリ「たぶん。だからね、波長と周期だけじゃわかんなくて、波の高さ?大きさ?みたいなのを考えないと、速度は求められないって思ったの」
僕「なるほど! ユーリの考えていたことはよくわかった。高い波を作っている水がすごいスピードで落ちてくるのと、 低い波を作っている水がゆっくり落ちてくるのとじゃ速度が違う……って考えちゃったんだね」
ユーリ「そーみたい」
僕「うん、いま僕たちがいっしょに考えようとしてたのは、水が動く速度じゃないからね。 媒質の動く速度じゃなくて、波という現象の速度の方を考えていたんだ。 《波の速度》というのは、つまり《振動が伝わっていく速度》ということになるよね」
ユーリ「うん! もう納得したからまちがわないよ!」
僕「それにしても、《自分がどういうふうに誤解したか》を説明するというのは、すごく高度な技だと思うよ。ユーリ」
ユーリ「そーかにゃ? 照れるじゃん!」
以下のグラフが表す波の速度を$v$としたとき、 $$ v = \dfrac{\lambda}{T} $$ が成り立つ。
周期
僕「波は、位置と時刻が絡んでくるから、難しいんだよ」
ユーリ「もうユーリは理解したから、難しくないよ」
僕「そのまっすぐな自信はどこから来るんだろう。すごいな」
ユーリ「試しに問題出してみてよ」
僕「じゃあね、こんな問題はどうだろう」
以下の四枚のグラフがある。 (1)は$t = 0$であるとする。 このとき、(2),(3),(4)のグラフでの$t$を求めよ。 ただし、この波の周期は$T$とする。
ユーリ「えっと……なーんだ、カンタンじゃん!」
僕「おっと、早いな。もうわかったの?」
ユーリ「周期$T$ってゆーのは、波の$1$個分に掛かる時間なんだから、$T$だけ時間が過ぎたら、もとに戻るんでしょ? だったら、 これは$\dfrac{T}{4}$ずつ時刻が進んでるってことじゃん!」
僕「ほほう」
ユーリ「だから、(2)は$t = \dfrac{T}{4}$で、 (3)は$t = \dfrac{T}{2}$で、 (4)は$t = \dfrac{3T}{4}$でしょ?」
僕「すごいすごい! 大正解だよ!」
ユーリ「ふふん」
僕「だから、《位置と水位のグラフ》を見れば、 そこに歴史が刻まれていることがわかるんだよ」
ユーリ「え、お兄ちゃん、いま何て言った?(にやにや)」
僕「いや、ちょっと……茶化すなよ。つまりね、《位置と水位のグラフ》というのは、 位置$x$に対する水位$y$を表しているよね。 そして、位置$x$での水位$y$っていうのは、 過去からの波がやってきたことで、その水位が決まったわけだ」
ユーリ「まーね」
僕「だから、《位置と水位のグラフ》で波が右方向に進んでいるとしたら、右に行けば行くほど、過去の水位がそこに反映しているし、 左に行けば行くほど、未来の水位がどうなるかわかることになる」
ユーリ「何言ってるかわかんない」
僕「つまり、こういうことだよ。《位置と水位のグラフ》で波長$\lambda$だけ左右を見ると、 それは周期$T$だけ未来や過去を見ているということ」
ユーリ「あたりまえじゃん! それが波長と周期ってことだし」
僕「うう……あたりまえか……理解したユーリ最強だな」
ユーリ「ふふん」
波を数式で表そう
僕「ところでこれから考えたいのは《波を数式で表す》ことだよ」
ユーリ「出たな数式マニア。さっき$\dfrac{\lambda}{T}$で表したばっかりじゃん」
僕「それは、波の速度$v$を波長$\lambda$と周期$T$で表しただけだろ。そうじゃなくて、波の全体を数式で表したい。 具体的にやりたいことは、位置$x$と時刻$t$を与えると水位$y$がわかるような数式を作りたいんだ」
ユーリ「ふーん……位置と時刻から水位?」
僕「そうだね。ただし、いろいろ決めないと数式は作れない。たとえば《波長を$\lambda$とする》とか《周期を$T$とする》とか。 他には何を決める必要があるだろう」
ユーリ「速度?」
僕「いや、速度は波長と周期から決まるから、わざわざ決めなくてもいい。 あとは《波の高さ》かな。大きな波と小さな波は違うから。 たとえば《波の高さを$A$で表す》としよう」
ユーリ「……」
僕「そして、大前提として《波の形はサインカーブ》ということにしよう。とても基本的な波の形として、サインカーブを使う」
波がサインカーブで表せると仮定し、位置$x$で時刻が$t$のときの水位を$y$とする。 $y$を$x$と$t$の式で表せ。
ただし、
- 波の高さを$A$
- 波長を$\lambda$
- 周期を$T$
僕「ユーリは$\cos$と$\sin$は覚えている?」
ユーリ「何となく。コサインとサイン。あのほら、円の$x$と$y$」
僕「そうだね。半径が$1$の円のことを単位円といって、その円周上の点$P$を考える。点$P$と中心を結んだ半径が、 $x$軸の正方向となす角度を$\theta$としたとき、 点$P$の$x$座標が$\cos \theta$で、$y$座標が$\sin \theta$になる」
ユーリ「サインカーブ、思い出してきた」
僕「うん。横軸を$\theta$としたとき、$y = \sin \theta$のグラフはこうなるね」
ユーリ「そっか、波なんだ……」
僕「波だね。このグラフは$y = \sin \theta$という数式で表されている。つまり、角度$\theta$を与えると、$y$が決まるわけだ。$\sin$という関数でね」
ユーリ「そだね」
僕「これから、$y = \sin \theta$のグラフを、僕たちが作りたい形に変形させていくよ」
ユーリ「グラフを変形させる?」
僕「そう。このサインカーブのグラフを変形させていく。具体的には$y = \sin \theta$という数式を少しずつ変えていく。 そして僕たちのゴールは、 波長が$\lambda$で、周期が$T$で、 高さが$A$であるような波の数式を手に入れること!」
ユーリ「盛り上がっているトコ悪いんだけど、それってめちゃめちゃ難しー話じゃないの?」
僕「そんなことないよ」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)