公開発表から6年間「どうやら完成に向かっているらしい」
—— まずは『傷物語』公開おめでとうございます。
神谷浩史(以下、神谷) ありがとうございます。
—— 2012年公開予定ということで2010年に制作が発表されましたが……気がつけば6年の歳月がたち、今年ついに公開と。
神谷 大変お待たせいたしました。
—— 『傷物語』は『化物語』から始まる物語シリーズ全19巻(2016年1月8日時点)の原点とも言うべき作品であり、西尾維新さんの〈物語〉シリーズの中でも特に人気のある作品です。〈物語〉シリーズ初の映画化なのもあって、発表時の興奮を今でも覚えています。待っている間はどんなお気持ちでしたか?
神谷 いつ公開されるんだろうなっていうのは視聴者の方と同じ気持ちだったと思います。ただ、『傷物語』映画化が発表されて以降も、ありがたいことに西尾維新先生がその間を埋めるように新作を書き続けてくださり、それらの映像化もしていたので、アニメーションスタッフとは継続的に会っていたんですよね。そこで「そういえば傷物語ってどうなってます?」という話をすることはたまにありました。
—— スタッフの方はどんな返答を?
神谷 シナリオができました……ようやく絵コンテが半分まで……みたいにポツリポツリと報告があって。いよいよ絵コンテが全部上がりましたという話が出たので、ついに公開が現実的になってきたなと。
—— 無事公開されることになってよかったです!
クールな主人公とかわいい全開のヒロイン
—— 〈物語〉シリーズは、主人公の阿良々木暦と、彼をとりまく少女たちによって展開される「怪異」についての物語です。そして『傷物語』は神谷さん演じる阿良々木暦がそもそも怪異に魅入られるきっかけとなった事件が描かれる、〈物語〉シリーズすべての前日譚。もちろん彼は今作でも主人公として活躍するわけですが、印象はいかがでしたか?
神谷 今までのテレビシリーズで積み上げてきた阿良々木暦像みたいなものがあると思うんですけど、それとは少し変わっています。
阿良々木暦
—— テレビシリーズでは社交的な性格ですが、今作の彼はすごく閉鎖的というか、厨二病的というか……。
神谷 「友だちは作らない、友だちはいらない、なぜなら人間強度が下がるから」なんてことを言ってしまうような、自分から能動的に人に接していこうとはあまり思わないクールな少年。他人とコミュニケーションをとるってことがあまり想像つかないような少年だなというのが第一印象でした。
—— そんなクールな阿良々木暦に何の抵抗もなく近づいてきたのが、羽川翼でした。
神谷 羽川はもう最高です。頭の先から爪先まで“かわいい”でできてます。出会ったらぜったい惚れちゃいます。
—— (笑)。
羽川翼
神谷 冗談はさておき、そんなかわいい要素だけでできている羽川翼という女の子がコミュニケーションをとってきたら、クールな少年であるところの阿良々木暦がどんな反応をするのかというのは、冒頭のシーンの見どころの一つです。ぜひ見ていただきたい。
—— 原作では4ページにわたって描かれているシーンですね。
神谷 西尾先生の力の入れようも頷けるシーンです。ほんとに“かわいい”だけで構成されている女の子が一方的にコミュニケーションをとってきたら、それはもう願ったりかなったりといいますか。実はテレビシリーズの『化物語』の冒頭で、『傷物語』のダイジェスト版が90秒で流れています。羽川との出会いも、すでに描かれたことのあるシーンではあるんですが、映画ではそこをものすごく丁寧に描いているので、テレビシリーズをご覧になった方にこそ、楽しんでいただけるのではないかと思います。
テレビにはテレビの、映画には映画の手法がある
—— 初の劇場作品となる『傷物語』ですが、テレビシリーズとの違いはありましたか?
神谷 一番特徴的なのは、ナレーションやモノローグが極力排除されているという点ですね。そもそも、〈物語〉シリーズは、基本的に阿良々木暦を通じて描かれる物語なので、テレビシリーズでも彼の視点、彼の言葉で物語を紡いでいくという原作のスタイルを踏襲しています。今どういう状況なのかを語る、暦少年のナレーション、それに対してどう思っているのかのモノローグ、それに対しての他のキャラクターとのダイアローグという3つの要素で構成されています。
—— テレビシリーズでは、動きの少ない一枚絵と膨大に繰り出される暦少年のモノローグの対比がとても印象的でした。
神谷 それはテレビという媒体の特性に合った形なんだと思います。テレビでやるのであれば、あれ以上の形はなかなか思いつきませんが、劇場となるとまた違った特性があるので、それに合わせて作り方も変えないといけない。今作ではテレビシリーズの手法とはあえて変えて、劇場作としてのクオリティをすごく意識して作られていると思います。
—— なるほど。
神谷 もちろんテレビシリーズもひとつの確立した手法であり、皆さんにも受け入れられているという事実もあるので、どちらが優れているということではないです。
—— テレビにはテレビの、映画には映画の手法があるということですね。
神谷 はい。例えばモノローグが極力なくなった代わりに、キャラクターの芝居の画がとても細かく丁寧になっていたりと、劇場作なりの魅力が追加されています。
アフレコ準備はまるで受験勉強
—— 画が変わるとなると、声の演じ方も変わってきますか?
神谷 そうですね。アフレコに入る前には、どんな作品でも台本チェックという作業をしますが、そこから違ってきますね。
—— 台本チェックというのはどういう作業になるんですか?
神谷 〈物語〉シリーズだと、台本と原作本、それと調べられるようにパソコンを並べて、それぞれの文章を見比べていきます。原作が真っ赤な装丁なので、はたから見たら大学受験の勉強をしてるような見た目になるんです(笑)。
—— たしかに箱から出すと「赤本」みたいですよね。
神谷 西尾先生が書かれた文章と台本の文章を見比べて、一言一句、てにをはまで一つひとつチェックしていくという作業をいつもやっていました。
—— てにをはまで! 西尾維新作品は長大なセリフと言葉遊びが特徴ですよね。それをチェックしていくのは、かなり大変な作業じゃないですか?
神谷 そうですね。他の作品と比べて文字数の多さはもちろん、独特の言い回しもかなりあるので、膨大な時間がかかります。原作の全てを映像化、音声化できるわけではないので、カットされた部分は当然あって、そのカットされた部分を見て、演じかたを考え、本番に臨むようにしています。
そして、今回の『傷物語』ではその作業がいつも以上に細かくなりました。モノローグやナレーションが極力排除された形で表現されているので、テレビシリーズよりもカットされているところが多く、そのニュアンスを拾うのが大変で。
—— カットされた部分を演技に反映するというのは、具合的にどういう作業なんですか?
神谷 「この部分がカットされてるな、じゃあそのニュアンスを含めてこのセリフの言い方を構成しようか」という感じですね。カットされている部分を台本に書き込んで、原作のこの気持ちもこのセリフに込めているんだということを忘れないように示しておく。例えば台本だと目線をあげるだけのシーンでも、音声はないけど、原作にはその時の気持ちが書かれていたりするので、それを自分のなかにちゃんと落とし込んだうえで臨んでいます。
—— 普段観ているアニメが、いかに細かい演技のうえに成り立っているのかというのを実感しました。
神谷 ただ、もしそれができていなくても、先ほどお伝えしたように画だけでも十分に表現されているので、観る人はこういう感情なんだなって分かっていただけるとは思います。
後編「弊害があっても全てを演じ続けたい」は1月15日(金)更新予定。
『傷物語〈I鉄血篇〉』2016年1月8日(金)全国ロードショー!
(C)西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト
配給:東宝映像事業部