あけましておめでとうございます。21世紀もすでに一割が経過したかと思うと、なんだかあっけない感じですが、2011年の初仕事は、まもなく刊行される『SFが読みたい! 2011年版』のための2010年度ベストSF回顧座談会。
毎度おなじみといえばおなじみの企画ながら、今回は特別ゲストとして、本の雑誌社顧問を勇退したばかりの目黒考二(北上次郎)氏が参加。『SFが読みたい!』はもちろん、SFマガジン本誌にも(アンケート回答や座談会参加を含め)いまだかつて一度も寄稿したことがなかったそうなので、今回が記念すべき初登場ということになる。 目黒さんと言えば、かつては、読んだSFの感想を〈SF通信〉と題する手書きコピーの個人誌(のちに〈読書ジャーナル〉〈目黒ジャーナル〉などと改題)にして友人知人に送りつけていたほどのSFマニア。椎名誠『雨がやんだら』(新潮文庫)の北上次郎解説にいわく、
……椎名誠とぼくは熱狂的なSF小説中毒者だったのだ。会えばSFの話ばかりしていた。まだ二人とも20歳代の頃で、SFが現在のように市民権を得ていない時代のことである。いつも酒場で隠れるようにして会い、隣りの人に聞えないよう小声で話し合っていた記憶がある。当時、椎名とぼくにとって小説とはSFのことだった。「アドバタイジング・バード」の載った「星盗人」も、その誌名からわかるようにSF個人誌である。ぼくは椎名誠に純然たるSFフィクションを書いてもらいたかったのである。その才能を埋(うず)もらせておくのはあまりに惜しいと考えていた。
「アドバタイジング・バード」は、椎名誠の日本SF大賞受賞作『アド・バード』の原型となった20枚ほどの短篇(というか、“連載第一回・プロローグ”と記されているが、〈星盗人〉が一号だけしか出なかったため、一回だけで中断。その後、2009年に本の雑誌社から出た『SF本の雑誌』に再録された)。〈星盗人〉は、前出〈SFジャーナル〉の増刊号。72年6月に、A5版タイプ印刷64ページで発行された。
「目黒考二の何もない日々」によると、発行部数は150部。このうち100部近くが余ってしまったというから、「アドバタイジング・バード」の発表当時の読者は、50人ちょっとしかいなかったわけだ。
その五年後、椎名誠はこの作品を約80枚の中篇「アド・バード」に仕立て直し、第一回奇想天外SF新人賞に応募するが、あえなく落選。もしこのとき、「アド・バード」が(新井素子「あたしの中の…」や山本弘「スタンピード!」といっしょに)佳作入選していれば、椎名誠はまずSF作家として認知され、日本SFの歴史は大きく変わっていたかもしれない。
それはともかく、目黒考二は、椎名誠らとともに、〈SF通信〉の発展形として、書評誌〈本の雑誌〉を76年に創刊。発行人として本の雑誌社を経営する一方、〈SFマガジン〉や〈SFアドベンチャー〉とは一切かかわらないまま、北上次郎名義でエンターテインメント書評の新たなスタンダードを築いてゆく。
ちなみに、『SFが読みたい!』鼎談のもうひとりのゲストは、その〈本の雑誌〉ではおなじみの鏡明。昨年の当欄で鏡明『二十世紀から出てきたところだけれども、なんだか似たような気分』(本の雑誌社)を紹介したときに書いたとおり、79年から現在まで、30年以上にわたり〈本の雑誌〉にコラム連載を続けている。
当然、目黒さんとも30年以上のつきあいだが、なんと、じかに顔を合わせたのは、今回が14年ぶり。しかも、前回同席したのは、〈本の雑誌〉97年3月号の特集「この10年のSFはみんなクズだ!」で、クズSF論争の火付け役になった問題の鏡明×高橋良平対談(司会・目黒考二)のときだったという(この特集の内容は、これまた『SF本の雑誌』にまるごと再録されている。日本SF史的に重要な特集なので、未読の人はぜひ現物をごらんください)。
あれから十四年たったのかと思うと感慨深いが、十四年ぶりに再会した鏡さんと目黒さんが早川書房の会議室で2010年のベストSFについて語っているかと思うとさらに感慨深い。
というわけで、「この10年のSFはみんなクズだ!」対談と、その前の「頑張れ!SF」鼎談(鏡明・高橋良平・横田順彌)をあらためて読み返してみたんですが、いやもう隔世の感。SF出版の状況は、当時とくらべて格段に改善されている。ちなみに、手前ミソで恐縮ながら、“SF冬の時代”から“氷河期”のトンネルを抜け、日本SF新人賞・小松左京賞の創設、《ハヤカワSFシリーズ Jコレクション》創刊とハヤカワ文庫JA《リアル・フィクション》の開幕、ライトノベル/純文学とのクロスオーバーから、SFアンソロジーの隆盛へ……と至るゼロ年代SFの流れは、『ゼロ年代日本SFベスト集成〈F〉逃げゆく物語の話』の巻末にまとめてあるので、興味がある人はそちらを参照していただければさいわいです。
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