「ただいま!あ、ママいたんだ、おかえり。まだ5時じゃないよね?……あーよかった、ギリギリセーフ」
騒がしく帰宅したキョウカに、キッチンに立つママが苦言を呈する。
「キョウカ、もうちょっと余裕もって行動しなさいって言ってるでしょ」
「ごめんごめん」
ダッシュで帰ってきたせいで、すっかり上がってしまった息を整えながら、キョウカが答える。
小学5年生のキョウカの、門限は5時。これ以上ないほど分かりやすく決められている。もちろん忘れたりなんかしないのに、どうしてだかいつも遊びに行くと、帰りは5時ギリギリになってしまう。
「あ、はい、ママ、これ、おみやげ」
キョウカは、小さなビニール袋の包みを、ダイニングテーブルの上にボンっと置いた。
「これ、なに?」
ママが尋ねると、八丸さんにもらった、とキョウカ。八丸というのは、近所の商店街に昔からある、小さなたこ焼き屋だ。ママが輪ゴムをはずして蓋を開けると、パックの中には熱々のたこ焼きが6個、並べられている。
「もらったって……何もないのにただでくれるはずないでしょ。何かあったの?」
近所の店だからと言って、特別親しくしているわけでもない。ママが顔をしかめて言うと、キョウカは誇らしげに言う。
「たこ焼き売るの手伝ったの」
「え?」
「たこ焼き、売ってきたの。あと、ちょっとだけ焼かせてくれた。キョウカが焼いた分が入ってるよ」
言い終わると、キョウカは口の端をあげてニヤッと笑う。ママははっとした顔をして、頭を抱える。
「あなた、またやったのね……」
キョウカは以前にも、同じ商店街の八百屋さんの奥さんと仲良くなって、売り子のお手伝いをやってきたのだ。そのときのご褒美は、りんご4個だった。
へへ、とキョウカが笑うと、眉間にしわを寄せて、けれど、どこか優しい顔で、ママが言う。
「キョウカのそういうとこ、高宮さんにそっくり」
「……ふうん、そうなんだ」
ママが髪留めをはずすと、華奢な肩に、ふわりと長い髪が落ちて、すぐにテーブル越しのキョウカのところまでシャンプーのいい匂いが香る。
「ママ、これからまた仕事に戻らなきゃいけないの。サラダとチキンライスを作ってあるから、後で食べてね。おばあちゃんはアサを迎えに行ってる。パパは10時くらいだと思う」
「じゃあキョウカが卵焼いていい? オムライスにする」
「いいわよ。喧嘩にならないように、アサの分もお願いね、火傷しないで」
キョウカの家は、ママ、パパ、おばあちゃん、4歳になる妹のアサ、そしてキョウカの5人家族だ。ママはファッションデザイナーとして働いていて、服のデザインのほかにも、雑誌に出たり、本を書いたりと、毎日とても忙しい。代わりに、家にはだいたいいつも、絵画教室で先生をしているパパと、ママのお母さん、つまりおばあちゃんがいてくれる。だけどパパもおばあちゃんも料理が致命的に下手なので、唯一ご飯だけは、ママがこうして仕事の合間に作ったり、簡単なものなら、キョウカが作ったりもする。
ママは出かける支度をしに自分の部屋に戻ったので、キョウカはママに代わってキッチンに立つ。冷蔵庫から卵を取り出しながら、さっきのママの言葉を心の中で反芻する。
“キョウカのそういうとこ、高宮さんにそっくりよ”
そうだったんだろうか。高宮さんの、ぼんやりとした記憶を辿る。
キョウカが、自分と高宮さんとの、本当の繋がりを知ったのは、つい数ヶ月前のことだった。