テレメンテイコ女史の当初の心積もりでは、この日、日中に高千穂峡のボートに乗り、さらに周辺の神社などを観光して、夜に神楽を見に行く予定だったようだ。しかし私が高千穂のホテルに到着したのが午後7時だったので、ボートは自動的に翌日となり、まずは神楽を見に行くことになった。
高千穂の夜神楽は、11月から2月の冬の期間、村にある数ヶ所の神楽宿(神様が神楽を見に降りてくる場所、神楽を奉納する場所のこと。公民館や個人宅に設置される)にて、夜通し行われる。夜神楽三十三番と呼ばれ、33の舞が披露されるそうだ。さすがにすべてを見る体力はないわけだが、いずれにせよもし昼間に休んでいなければ、テレメンテイコ女史はとても体がもたなかっただろう。なんとか体力が回復し、神楽を見に行けるようになったのは、つまり私のおかげである。
われわれは、面白そうな舞の集中する中盤に絞って見物することにして、ホテルでいったん眠り、夜中の12時に起き出すと、タクシーを飛ばしてこの日の神楽宿になっている民家へ向かった。
どこをどう走ったのかはわからないが、最後真っ暗な坂道を上ってたどりついた農家の一室に、煌々と灯りが点っていた。畳敷きの広い部屋に面した縁側が開け放たれ、中で白装束の男たちが舞っているのが見える。
最初の印象は、本当に普通の民家が舞台なんだな、というものだった。
縁側の内外に20人ほどいて、室内で舞われる神楽を見物している。縁側に陣取る里の人の多くは、毛布を持参して膝にかけていた。
観光客がどのぐらい混じっているのかはわからないが、全体に親戚が集まったような気安い雰囲気があって、あるいは純粋な観光客はわれわれだけなのかもしれない。よそものにとっては、なんとなく居心地の悪さを感じるぐらいの地元感である。
対する私自身も、これまでこういう親戚の集まり的な空間をずっと避けて生きてきたようなところがあり、その意味でも落ち着かなかった。
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