前回、パリでテロがあった日、私は日本に滞在していたことを書きました。
あれからようやくパリに帰ってきました。
中華系の飛行機を利用したのですが、ほぼ満席でした。テロから一週間しか経っていないというのに、中国人旅行者たちはキャンセルしなかったようです。
シャルル・ドゴール空港に到着すると、いつもより人が少ない気もしましたが、空港職員のみなさんが、かったるそうに仕事をしているのはいつもどおり。
空港からパリ行きのバスに乗ると、客と運転手が「Bonsoir!」(こんばんは)と挨拶をかわしていました。その挨拶が時には世間話に展開したりするのもいつもどおりです。
長旅の末、フランスの地に足をつけ、他人どうしが気軽に話す光景を見て「ああ、フランス帰って来たなぁ」と目頭が熱くなってしまいました。
空港から家に帰ってくるまでの間は、拍子ぬけするほど変化を感じられません。
我が家に落ち着いてから、知人、友人らと連絡を取り合いました。まわりでテロの被害にあった人は直接的にはいませんでした。
でも、彼ら彼女らの話を聞くと、知り合いの知り合いには必ず被害者がいました。そして、日本に滞在中に伝わってこなかった事件の肌触りを感じ始めたのです。
テロがあった日。
バタクラン劇場から近いレピュブリック広場。海外のテレビ局の中継車が何台も止まっていました。