僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
瑞谷先生:司書の先生。定時になると下校時間を宣言する。
積の形
テトラ「先輩……さきほどから《和の形》の式を積分してますけど、《積の形》は積分できないんでしょうか。《積の積分は、積分の積》とは行きませんか?」
僕「うん、そうは行かないね。それは少し試せばわかるよ。たとえば、$x^2$を$x\cdot x$だと思って試せばいい。まず、ふつうに$\int x^2 \,dx$を計算すると?」
テトラ「$\frac13 x^3 + C$ですね。検算……はい、大丈夫です。$(\frac13x^3 + C)' = x^2$になります」
$$ \int x^2 \,dx = \frac13 x^3 + C $$僕「それに対して、$\int x \,dx = \frac12 x^2 + C$だよね。これを$2$乗したら$x$の$4$次式になるから、さっきの$\frac13 x^3 + C$とはまったく違うものになっちゃう」
テトラ「ということは、積分するときには積の形ではだめで、和の形にしなければいけないということなんですね」
僕「それは鋭い指摘。ところが、そうでもないんだよ。積の形でもうまくいくことがある。なぜかというと……」
テトラ「なぜかというと……?」
僕「いま僕たちが考えようとしているのは、積分の公式だよね」
テトラ「はい、そうですね」
僕「《積分は微分の逆演算》を思い出す。そうすれば、積分の公式は微分の公式を逆に使えばいいってわかるよね」
テトラ「ははあ……あ、そういえば$x^n$を積分するときも、先輩はそういうお話をなさっていましたね」
僕「そうそう。《ある関数$a(x)$を微分して$b(x)$になる》という微分の公式があったら、 それを逆に使って《$b(x)$を積分すれば$a(x)$になる》という積分の公式があるわけだね。 ああ、もちろん積分定数$C$は補う必要があるけど」
テトラ「なるほどです。ということは、積分で《積の形》の公式を見つけたかったら、 微分での《積の形》を探せばよい……ということになるんでしょうか」
僕「その通り! さすが、テトラちゃんは飲み込みが早いね」
テトラ「い、いえ……でも《積の形》の微分……すみません、覚えてないです」
僕「おやおや。こういう公式、覚えてない?」
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$
テトラ「え、えっと……覚えていません。すみません」
僕「いや、別にいいんだけど、これはよく使う公式だよ。それでね、これを逆に使えば」
テトラ「ちょっとお待ちください。ごめんなさい。この公式はどう読めばいいんでしょうか。 《読み方》というか《考え方》というか《覚え方》というか……」
僕「ああ、そうだね。見慣れていない式や覚えていない式に触れるときは、《式の形》をよく見るのが大切だからね。うん、 じゃちょっと積分から離れるけど、この式の説明をしようか」
テトラ「すみません……」
僕「まず、ここには$f(x)$と$g(x)$という二つの関数が出てくるよね」
テトラ「は、はい。そうですね」
僕「公式だから一般的に$f(x)$や$g(x)$といってる。でも実際にはもちろん、$x^3$や$x^2+x+1$や$\sin x$や$e^x$みたいな関数を意味してるんだよ」
テトラ「はい、それはわかります」
僕「うん、それで、この公式をもう一度見てみよう。全体として、これは《等式》になってるよね」
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$テトラ「なってますね。イコールがありますから」
僕「そうだね。だから、左辺と右辺が等しいという主張をしているわけだ」
テトラ「あっ、《数学的主張》ですね。先日ミルカさんがおっしゃっていた」
僕「そうそう。そこで左辺を見てみよう。そこにはこう書いてある。これは何?」
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' $$テトラ「はい、これは微分です」
僕「もう少していねいにいうと?」
テトラ「ていねいに、ですか。はい。$f(x)$と$g(x)$の積を微分した……」
僕「微分した?」
テトラ「微分した、もの、と言いますか……微分した、いったい何といえばいいんでしょう?」
僕「関数、だね。この$\left(\,f(x)g(x)\,\right)'$という式は、《二つの関数$f(x)$と$g(x)$の積を、$x$で微分して得られる関数》を表しているんだよ、テトラちゃん。 微分して得られる関数のことを導関数というから、《関数$f(x)g(x)$の導関数》とひとことでいってもかまわないけど。 何を表しているかわかっていれば大丈夫」
テトラ「……」
僕「いい?」
テトラ「はい、大丈夫です……あのですね、先輩。あたし、いまの先輩の質問にきちんと答えられませんでした。つまり、この左辺が《何なのか》をしっかりといえませんでした」
僕「うん、そうだね」
テトラ「でも、考えてみますと、それって大事なことですよね。式に書かれているものが何を表しているか……あ、これは《数学的対象》ですね」
僕「そうなんだよ、テトラちゃん。式を見るとき、ひとつひとつていねいに考えて、 自分がほんとうに理解しているかを確かめるのは大事なこと。 じゃ、今度は右辺を考えてみよう。これは何を表していると思う?」
$$ f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$テトラ「はい。これは《関数$f(x)$を微分して得られる関数と、関数$g(x)$の積》それから《関数$f(x)$と、関数$g(x)$を微分して得られる関数との積》。その二つの和……ということですね」
僕「そういうこと。$f'(x)g(x)$は二つの関数つまり$f'(x)$と$g(x)$の積だし、 $f(x)g'(x)$のほうは$f(x)$と$g'(x)$の積になってるね。 そして、この二つはどちらも関数だよ。 そしてその二つの和$f'(x)g(x) + f(x)g'(x)$だけど、これもまた関数になっている」
テトラ「そうか……それは、そうですね! ぜんぶ関数なんですね」
僕「そうそう。そしてもう一度この公式の形を見てみよう」
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$テトラ「はい。全体は等式、左辺は関数、右辺も……関数」
僕「そうだね。そして、この公式全体としては、『$f(x)g(x)$のように積の形になっている関数を$x$で微分して得られる関数は、この等式の右辺のように$f'(x)g(x) + f(x)g'(x)$という形で表される関数と等しくなる』という主張をしていることになるんだね」
テトラ「……」
僕「ということは、僕たちが何かの関数を微分しようと思ったとき、『お、この関数は積の形になっているな』のように《式の形》を見抜けたなら、 この公式を使って、右辺のように変形できるということになる。……とまあ、くどくいえばそういうことになるよね」
テトラ「はい……」
僕「いま見てすぐに覚えられないかもしれないけど、具体的な関数で練習すればすぐに覚えられるよ。ところで、話を積分に戻すね」
微分から積分へ
僕「この微分の公式を逆に使えば、積分についての公式が得られるんだけど……わかる?」
$$ \left(\,f(x)g(x)\,\right)' = f'(x)g(x) + f(x)g'(x) $$テトラ「この公式を逆に使うということですね? ……すみません、何となくしかわかりません」
僕「なんとなく?」
テトラ「はい。あの。この両辺を積分すればいいんでしょうか?」
僕「そう! それでいいんだよ。両辺を積分すれば、こんな式になる」
$$ \int \left(\,f(x)g(x)\,\right)' \,dx = \int \left(\, f'(x)g(x) + f(x)g'(x) \,\right) \,dx $$テトラ「は、はい」
僕「この左辺の《式の形》を内側からよく見ると、$f(x)g(x)$を、微分してから積分しているよね?」
テトラ「そ……そうなりますね」
僕「微分して積分するんだから、結局$f(x)g(x)$そのものということになる。つまりこんな式が成り立つ」
$$ f(x)g(x) + C = \int \left(\, f'(x)g(x) + f(x)g'(x) \,\right) \,dx $$テトラ「この$C$は積分定数ですね」
僕「うん、そうだよ。そして右辺をよく見ると、和の形になってる。積分の線型性から、積分記号をするするっと中に入れることができて、こんなふうに書ける」
$$ f(x)g(x) + C = \int\!\! f'(x)g(x) \,dx + \int\!\! f(x)g'(x) \,dx $$テトラ「……はい」
僕「両辺を交換して、いくつか項を移項すると、こんな公式が得られたことになるね」
$$ \int\!\! f(x)g'(x) \,dx = f(x)g(x) - \int\!\! f'(x)g(x) \,dx + C $$
テトラ「え……これが、公式なんですか?」
僕「そうだね。微分の公式を逆に使って作った、積分の公式の一つといえる」
テトラ「……これは、難しすぎます、先輩」
僕「そんなことないよ。難しそうに見えるけど、左辺をよく見て」
$$ \int\!\! f(x)g'(x) \,dx $$テトラ「は、はい」
僕「この形、つまり《$f(x)$と$g'(x)$という積の形》を積分したいと思ったら、この公式が使えるんだね。だから、《式の形》には十分注意して……」
テトラ「せ、先輩。先輩! 何度もすみません。あたしには理解できないことがあります」
僕「え?」
テトラ「先ほどの微分はまだよかったんですが、今度のこの公式は左辺と右辺の両方に積分が出てきてますよね! これでは、積分を計算するのに役に立たないんじゃないでしょうか? 左辺に出てきた積分を右辺で置き換えて解くんですよね?!」
$$ \underbrace{\int\!\! f(x)g'(x) \,dx}_{\text{積分}} = f(x)g(x) - \underbrace{\int\!\! f'(x)g(x) \,dx}_\text{積分} + C $$僕「ああ、そこ? うん、それはするどい指摘だよ、テトラちゃん! テトラちゃんの疑問は、半分正しくて、半分は正しくないんだよ。 まず、この公式を使って積分を考えるとき、 《左辺に出てきた積分を右辺で置き換える》というのは正しい。 でも《左辺と右辺の両方に積分が出てきているので役に立たない》というのは正しくないんだよ」
テトラ「で、でも……それじゃ、いつまでたっても積分がなくなりません……」
僕「うんうん、そう思うかもしれないけど、違うんだ。この公式の目的は、積分する関数の《式の形を変える》ところにあるんだよ。 いっぺんに積分の結果がわかるとは限らない。 《式の形》を変えて、積分を求めやすくできないかな、というときに使えるんだ」
テトラ「式の形を、変える……それは、$f(x)g'(x)$を$f'(x)g(x)$に変えるという意味でしょうか」
僕「そう! その通り。テトラちゃんは《式の形》をよく見ているよ」
$$ \int\, \underline{f(x)g'(x)} \,dx = f(x)g(x) - \int\, \underline{f'(x)g(x)} \,dx + C $$テトラ「でもそれで、何が、どう、うまく行くのか、あたしには無理みたいです……」
僕「うん、じゃあ、簡単な具体例で見てみようよ。大丈夫、すぐ《なるほど》になるから。こんな問題。積の形だよ」
$$ \int\, xe^x \,dx $$
テトラ「……これは、$x$と$e^x$の積の形になっている関数を積分せよということでしょうか?」
僕「そうだね。その通り。《積の形》だから、線型性を使って解くわけにはいかない。といわれても、$xe^x$の積分なんてすぐには思いつかない」
テトラ「《思いつかない》のかどうかもあたしにはわかりません……」
僕「うん、$\int\, xe^x \,dx$という式はテトラちゃんに、《私は微分すると$xe^x$になる関数です》と自己紹介しているんだよ。 微分すると$xe^x$になる関数って、どんな関数か、すぐに思いつく?」
テトラ「ははあ……い、いえ、思いつきません。指数関数だけならいいんですが。$e^x$を微分すると$e^x$自身……ですよね?」
僕「そうなんだよ、そこそこ。$x$だけなら$(\frac12x^2 + C)' = x$だし、$e^x$だけなら$(e^x + C)' = e^x$だから、《私は微分すると○○になる関数です》と言われてもすぐにわかる。 《和の形》でも大丈夫。でも《積の形》はやっかいなんだよ」
テトラ「……」
僕「じゃあ、$\int\, xe^x \,dx$にさっきの公式をあてはめて考えてみようよ!」
テトラ「はい!」
公式へあてはめて考える
僕「具体的にあてはめるには、公式と問題の式を並べてみるといいよ」
テトラ「こう……ですね」
$$ \begin{align*} & \int\!\! f(x)g'(x) \,dx = f(x)g(x) - \int\, f'(x)g(x) \,dx + C \\ & \int\, xe^x \,dx = \text{???} \\ \end{align*} $$僕「そうそう。だから、何が何に相当するかわかるよね」
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この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)