■SFの原体験
大森望(以下、大森) 子ども向けのSFはどなたが?
岡部いさく(以下、岡部) いつのまにかうちにありました(笑)。たぶん母が「こういうの読むかな?」って買ってきたんでしょう。あと、『両棲人間』とか。
大森 僕が生まれてはじめて読んだSFがまさにそれです(笑)。アレクサンドル・ベリャーエフのジュブナイルSF。今は『イルカに乗った少年』ってタイトルになってますけど。
岡部 えええ~? それは上品な(笑)。
大森 城みちるになってしまった(笑)。偕成社版の『両棲人間一号』が1962年ごろの初版なので、そのへんですよね。うちもたまたま母親が古本屋で買ってきたのがあって、それを読んでSFにハマったので、意外な共通点が。
岡部 大森さんと両棲人間きょうだいだったとは(笑)。
大森 いまはすっかり忘れられてますけど、当時、ベリャーエフは日本で非常に人気があって、選集まで出てましたね。『ドウエル教授の首』とか『永久パン』とか『空気を売る男』とか。子ども向けだと『人工衛星ケーツ』とか『合成人間ビルケ』とか。
中でも『両棲人間』は人気が高くて何種類も翻訳が出てました。
という話はともかく、じゃあ、そういうジュブナイルSFと、おじいさんの家の〈SFマガジン〉がSFの原体験。
岡部 それと母方の叔母のところにハヤカワのポケミス、あれがだーっとあったんですよ。
『どもりの主教』(E・S・ガードナー)とか『ドラゴンの歯』(エラリイ・クイーン)とか。子ども心にもどういう話なんだろうとわくわくするようなタイトルで。
自分で本屋さんに行って棚の本がおぼろげにわかるころになると、叔母のところにあったミステリと同じような装丁で、赤い六角形のロゴに「SF」って書いてある本がある。よく見ると『宇宙病地帯』(ジョージ・O・スミス)とか。
大森 ハヤカワSFシリーズ、銀背というやつですね。ポケミスのSF版。
岡部 僕が子どものころには同級生の間でもけっこうSFが話題になってて。叔母とかおじいちゃんが読んでるものの地続きにSFがあったんですね。たぶん妹にもそう見えてたんでしょうね。妹の場合はさらに「兄ちゃんも読んでる」という面があって(笑)。
大森 みんな普通に読んでる(笑)。
岡部 別にまなじりを決して読まなければというものではなかったんですよね。
大森 先日、池澤春菜さん(父君が作家の池澤夏樹氏)にインタビュウしたときにも、「普通に家にあるものを読んでいただけです」と言っていました。「こんなに世の中の人が読んでいないものだったとは」と(笑)。
岡部 僕が子どものころに『宇宙船ビーグル号』(A・E・ヴァン・ヴォクト)とか『トリフィドの日』とか『海竜めざめる』(ともにジョン・ウインダム)」とか、それからもちろん『火星の砂』(A・C・クラーク)とか、ああいうのを読んでて。あのときに妹も読んでいたんでしょうね。たぶん。
大森 本棚は共有になってたんですか?
岡部 そうです。あるいは、そのへんに出しっぱなしにしていたか(笑)。
大森 お宅は当時、どちらに?
岡部 さいたま市浦和です。部屋はそれぞれあったけど、居間でごちゃごちゃやっていた。
きょうだいの仲がいいというか、共通の世界がありつつ、それぞれ方向性が微妙に違うとか。
姉はあんまりSFのおたくにはならなかった。教養としていくつか、ブラッドベリとかは読んでたかもしれませんが。ハインラインは読んだ形跡がありませんでしたね(笑)。
妹が小学校から中学校に上がる頃、絵のないSFの本を自分で読むようになった時期が、いわゆるニューウェーヴとかゼラズニイとか、あそこら辺の頃なんですよね。ですんでたぶん、妹がシルヴァーバーグ好きだったか、ゼラズニイ好きだったか、ディレイニー好きだったか、そのへんの話をよくしたことはないんですが、たぶんSF界がわくわく沸き立っているという印象は持ったんじゃないかな。ハーラン・エリスンなんか、けっこう好きだったと思いますよ。
大森 ジュディス・メリルの『年刊SF傑作選』の洗礼を受けて。僕は水玉さんの1学年下ですけど、だいたい中高生くらいでバラードにかぶれて、今までと違う、かっこいい感じのものに触れて、ハインラインとかをバカにし始める(笑)。
岡部 それまではジョン・W・キャンベルとかマレー・ラインスターが好きだって言ってたのに、急に生意気なことを言い出すようになるわけですよ。「ブライアン・オールディスがねえ」とか。