「結婚とキャリアだけじゃ……、な……」
アマン東京、最上階のフレンチダイニング。花子は、視界いっぱいの窓から果てなく煌めく夜景を見つめながら、突然、心のうちに湧き上がってきた感情に戸惑っていた。
28歳、職業はWEBプロデューサー。仕事も軌道に乗っているし、ここに連れて来てくれた恋人とは結婚の約束もしているし、貯金だって三桁は余裕である。
今さらもっといい男がいるなんて思っていない。贅沢だってほどほどでいい。こんなゴージャスな景色は、年に1度、見られれば十分だ。自分にしては上々な人生な気がする。
……でも、ハナコなんて名前と同じくらい、私の人生も平凡で退屈じゃない?
この物足りない気持ちってマリッジブルーなのかな?
無意味に欲張りな自分に嫌気がさしてくる。だって、結婚と仕事で満足できないとしたら、何が私を幸せにしてくれるの?
パンケーキなくして“女の幸せ”は得られない
「キャリアとケッコンだけじゃ、いや」とは、1988年に日本初のリージョナル(地域限定)マガジンとして誕生した情報誌『Hanako』のキャッチコピーだ。
本誌は、首都圏に住む働く女性たちにむけて、ブランドものからグルメ、スイーツ、海外旅行まで、“消費の愉悦”を提案。時は、バブル。世は、男女雇用機会均等法が施行され、やっと一般の女性たちが働いて自分の人生を設計できるようになった時代だ。
「週に2~3回はレストランで食事をし、月に2~3回コンサートへ行き、年に2~3回海外旅行をする」という読者たちは、“Hanako族”と呼ばれ、89年の流行語大賞にも選ばれた。
Hanakoは、“女の幸せ”とは結婚や仕事のみならず、レジャーや美味しいものやファッションなどを徹底的に“楽しむこと”であると表したのだ。
たしかに、女の欲望は複雑かつ多重構造。キャリアや結婚への欲望は、現実を生き抜くための“主食”のようなもの。いずれか得られなければ、飢え死にしてしまう。けれど、それで空腹は満たせても満足感は得られない。
女の別腹はなんでも吸い込むブラックホール。刺激的なほど“甘いデザート”が必要なのだ。
Hanakoが流行らせたものは数多ある。デパ地下、ヨーロッパの有名パン専門店、バレンタインデーに贈るゴディバ、ティラミス、メッシーくんとアッシーくん……etc. ほどなくバブルは弾けて氷河期が常態となると、女子たちは消費よりも節約に精を出すように。Hanakoは不況とともに存在感が薄まり、部数も減少。
とはいえ、費やせるお金が減っても、女の欲望の本質が変わることはない。Hanakoは密やかにリニューアルを繰り返しながら、今も“人生のデザート”を提案する雑誌であり続けている。
2015年、Hanako的な幸せは、熟成肉より猫と塩系男子!
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