営業部員全員が会議室に集まって話し合っていた中、帰宅したと思われていた越野は25階の役員室の一室で常務の村井と向き合っていた。
「越野くん、とりあえずリストラ候補をひとりは選定できたのかね?」
「はい。自ら子会社へ異動するという人間がいましてね」
「そうか。だが、状況が変わった」
「変わったと言いますのは?」
「始めは単に不要な営業陣を選定しろ、という話だった。まぁ一人飛ばせばなんとかなると思っていたんだが、予定より早くサンムバルンと合併が決まった。いまは非常事態だろう。この先どうなるか私もわからない」
「更なるリストラ、ということですか?」
「あぁ、そういうことになるだろう。それも一人では足りない。サムバルンの連中が来る前にある程度の会社のスリム化を進めておかなければならない」
「それはなぜですか? サムバルンが来てからリストラをした方がやりやすいのではないでしょうか」
「合併後に首切りをしたら、サムバルンの評判が悪くなるだろう。今後サムバルンに身売りする企業もなくなるかもしれない。これはサムバルンからの極秘の通達でもあるんだ」
越野の顔が曇った。もう既に村井はサムバルン側の人間といっても大きな違いないだろう。越野は、ひとり損な役目を引き受けたという顔をしている。村井はそんなことは見越した上で話を続けた。
「前任の坂井は、営業を再生させる手腕も名高かったが、コストカッターとしても有名だった。あいつを外部から雇って部長の地位につけたのは、部員の首を切る目的もあったんだ」
知り得ない事実に越野は驚きの表情を隠せない。
「だが、まったく役に立たなかった。こちらの指示を無視し続けた。だからあいつは切った」
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