(写真:オオスキトモコ)
大学合格が決まっても、駒場寮の寮生になれるのかどうかは、すぐには決まらなかった。ホテルに滞在し続けるのはもちろん金がかかる。そこで、入学手続きなどでしばらく滞在する間もまた、駒場寮に居ることにした。
駒場寮には「仮宿」(かりしゅく)という制度がある。当時は一泊200円、布団なしならば100円で寮に泊まれる、というシステムだ。
利用できるのは、東大生に限らない。学生でも社会人でも無職でも、日本人でも外国人でも、誰でもよい。イラン人が泊まりたいと片言の英語で言えば、寮委員も「アイシー」と答えて泊めていたという。
仮宿は、わりと長い期間(原則として連続7日まで、一か月のうち10日まで)いてもよかった。寮内に知り合いがいれば、その部屋にいてもよい。知り合いがいなければ、北寮2階の仮宿部屋(男性は13B、女性は31B)で、最初は互いによく知らない人たちとの雑魚寝になる。相部屋であることと、いつから使っているのかよくわからないような布団さえ気にならなければ、これほど安い宿泊手段はない。寮内の、並の銭湯よりも大きな風呂にも入れる。知る人ぞ知る、東京滞在の穴場だったと言えるだろう。
この仮宿制度は六十年以上にわたって、主に日本全国の貧乏な学生たちに利用され、彼らの東京滞在を助けた。また、多くの奇人を駒場寮に吸い寄せることにもなった。
仮宿の受付は、寮委員会事務室(北寮11S)でおこなわれている。いかにも寮らしい、というか、変わっているのは、寮委員が事務をおこなうのは19時から23時まで、という夜の間だけ。仮宿希望者は、詳細に身元をチェックされるわけでもない。ただ名前などの基本的な属性と、簡単な理由を書く。「受験」「都内観光」などなど、何でもよい。「夫婦げんか」と書いていた男性もいたと聞いたことがある。家を追い出されたのだろうか。
本来であれば、仮宿部屋を利用するしないにかかわらず、寮生以外の誰かが、寮のどこかで一晩を過ごす際には、必ず寮委員会に申告しなければならない。そういう建前になっている。しかし、寮内に知り合いがいて、その部屋ですごすようになり、勝手がわかってくると、だいたいそういう面倒なことはしなくなる。かつては「寮内警察」とでもいうべき寮委員会査察部が各部屋を回り、無断宿泊者をチェックしていたこともあるという。しかし時代が下るにしたがってゆるくなり、よほどの問題を起こさない限りは、部屋を見回るということもなくなった。
入寮選考
松本博文『東大駒場寮物語』(KADOKAWA)、12月10日発売決定!
オオスキトモコさんによる、廃寮直前の駒場寮の写真集、発売中!
併せて駒場寮のミニ写真展を11月21日「デザインフェスタ」@東京ビッグサイトで開催!
(場所は西ホール・A-13になります)
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