日本語ラップがヒットチャートから消えた理由
大谷 今回はヒップホップの話をしたいんです。今の日本のヒップホップシーンっておもしろくなってきてると思いませんか?
柴 確かに、どんどん新しい世代のスターが出てきているなと思います。
大谷 でも、多くの人は「ヒップホップのシーンって盛り上がってるの?」って思ってるんじゃないかなって。
柴 あー確かに、ヒップホップ好きとそうじゃない人の間で温度差はあるのかも。
大谷 それは、わかりやすい記号としてのアイコンがまだいないからだと思うんです。90年代末にはZEEBRAとドラゴンアッシュがそれを引き受けたから、ヒップホップが日本で大衆性を持てた。
柴 ドラゴンアッシュの「Grateful Days」ですね。99年のリリース。
大谷 もちろん日本のヒップホップって、いとうせいこうさん、近田春夫さん、高木完さんあたりの80年代から東京で脈々と育ってきたものだと思うんです。でも田舎の中学生にまでヒップホップの格好良さを教えたのはドラゴンアッシュだったんじゃないかな。
柴 そうですね。あの曲の「俺は東京生まれHIPHOP育ち 悪そうな奴は大体友達」というパンチラインがヒップホップを知らない人にも一気に広まった。
大谷 強力な記号性ですよね。しかもツッコミたくなるような隙もある。当時のお笑い芸人もよく「ヨーヨー、チェックしときな」とか真似してたから。
柴 僕は当時『ロッキング・オン・ジャパン』という雑誌の編集部にいたんです。そのときすごく印象的だったのが、ZEEBRAの初インタビューで。
あのZEEBRAが、そもそも「韻を踏む」とはみたいな話をしていたんですよ。 「育ち(そだち)」と「友達(ともだち)」みたいに同じ音を持った言葉を、繰り返しの中で使うことがテクニックなんだ、って。今だったら常識になっているようなことも、イチから啓蒙しないといけないような時代だった。
大谷 で、ドラゴンアッシュがヒップホップから離れた後、ゼロ年代にはKREVAがアイコンを引き受けたわけで。でも彼以降、日本語ラップがヒットチャートに入ってくることが減りましたよね。
柴 そう。僕なりの分析ではその理由もちゃんとあって。これは「スキルのインフレ問題」だと思うんです。
大谷 というと?
柴 当時に比べると、今の時代って、みんなラップがめちゃくちゃうまいんですよ。それはまさに、90年代からゼロ年代にライムスターやKREVAが「スキル」という概念を浸透させたおかげだと思っていて。
大谷 KREVA自身が一番スキルの高いラッパー※でしたからね。
※1999年 - 2001年に「B-BOY PARK」のMCバトルにて史上初の3連覇達成
柴 そこから「ラップがうまい」「スキルが高い」ということがラッパーの大きな評価軸になったのが、ゼロ年代後半からの時代だったと思うんです。だから、若い世代のラッパーの韻を踏んだりリズムやメロディに日本語を乗せたりする技術は、どんどん進化してきた。
でもその半面、技術がなくたって、わかりやすい記号性を引き受けるような人が出てきづらくなっていた。
大谷 そう! アイコンがいなかったんですよ。隙のある人、つまり前回、前々回も話した「かわいげ」を持っている人って、シーン全体にとってはすごく大事なことだと思うんです。
柴 スキルが高いのは素晴らしいことですけれど、結局、それだけを追求してると「わかってるやつら同士のゲーム」になっちゃいますからね。外の世界に広まっていかない。だから売れなくなった。
最新型のヒップホップの鉱脈は「散歩」にあった
大谷 でも、ここ最近はまたちょっとそのムードが変わって、アイコンを引き受けようとしているラッパーが出てきてると思うんです。その代表格がKOHH。この「JUNJI TAKADA」って曲が、めちゃめちゃいい。
柴 これはかっこいい(笑)。「適当な男 JUNJI TAKADA 他人は気にしない生き方」。なぜか高田純次のことを歌ってる。
大谷 この人、高田純次をリスペクトしていて、その影響をすごく受けてるらしい。あの人のテキトーさが最高だって。で、この曲をやるとライブでも盛り上がるし、KOHHはいろんな人にモテてる。
これってスキル競争の真逆の発想ですからね。
柴 たしかに。KOHHは今のヒップホップのシーンでは一番期待を集めてると思います。「DIRT」という3枚目のアルバムがまた素晴らしい。
大谷 こういう人が出てくると、普段ヒップホップを聴かない人も「ちょっと興味あるな」って思うようになってくるんじゃないかと思いますね。
柴 そういう意味ではPUNPEEもいいですよね。最近は「加山雄三 feat.PUNPEE」という名義で加山雄三の名曲をカバーした「お嫁においで2015」をリリースした。
大谷 これ、ほんとに最高ですよね。加山雄三を引っ張り出してくるセンスもいいし、何よりパッと聴いた感じが親しみやすい。
柴 彼はトラックも自分で作るし、ラップも歌もできるし、それこそスキルはめちゃめちゃ高いんです。でも肩肘張ってそれを見せつけてる感じじゃなくて、ユーモラスなところが魅力になってる。
大谷 この流れ、すごいですよね。KOHHは高田純次でPUNPEEは加山雄三。「じゅん散歩」と「若大将のゆうゆう散歩」。
柴 ははは、ほんとだ! 「散歩シリーズ」が奇しくもラップでつながってるんだ。
大谷 こうなると、今度は誰が地井武男さんの曲を作るかですね。
柴 最新型のヒップホップの鉱脈はそこにあったのか(笑)。
郊外と格差社会とヒップホップ
柴 この流れで言うならこの曲も外せないですね。stillichimiyaの「ズンドコ節」。
大谷 いいですねえ、これも大好きだなあ。
柴 彼らもメンバーの田我流を筆頭にすごく評価の高いグループなんですけれど、この曲はヒップホップのことを何も知らない人も、それこそ子供でもギャハハと笑えるエンタメ性がある。大谷さんが言う「記号性を引き受ける」って、こういうやり方もありますよね。
大谷 まさに。この曲で思い出したんですけれど、田我流が注目されるきっかけになったのって『サウダーヂ』という映画ですよね。これがめちゃめちゃおもしろかった。山梨県甲府市を舞台にした、移民と土方とラッパーの話。地方都市の未来がない感じをちゃんと描いている。
柴 田我流もstillichimiyaも、ずっと地元の山梨で活動してるグループですね。
大谷 ヒップホップをテーマにした映画でいえば、『SRサイタマノラッパー』も素晴らしいですよね。「西海岸流でいく? 東海岸流でいく?」「でも俺たち埼玉だから、海ねえよ」みたいなやり取りがあって。つまり、アメリカへの憧れじゃなくて、自分たちの街のことを歌うことが重要になっている。
柴 閉塞感のある地方都市のリアルをラップすることが大事だということですね。しかも、今の日本では格差社会はどんどん広まっている。希望のない郊外、ゲットーのような場所も生まれている。
大谷 そうなんですよ。だから次の段階として、今の時代のヒップホップには底辺から夢をつかむ矢沢永吉のようなスターが必要だと思うんです。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。