あと1ヶ月か……。営業成績最下位の美沙の異動が決定するまでの猶予……3ヶ月もあっという間に2ヶ月が過ぎ、残すところ1ヶ月となっていた。
勉強ができるかは別として、真面目だけが取り柄の美沙は、短大もDNPへの入社も推薦だった。授業に出てしっかりノートを取る。試験前には先生に質問にいく。とりわけ勉強ができるわけでもなかったが、内申はよかった。順風満帆に人生を歩んできたといえよう。必死に受験勉強をしたことも、汗水流して就職活動をしたこともない。追い詰められたことが一度もなかった。それが——あと1ヶ月で結果を出さなければ子会社へ異動だ。美沙は人生初といっていいほどの極致に立たされていた。
「草加くん、おはよう。オフィスにいるの久しぶりだね」
「はい。やっぱ営業は外にでてなんぼなんで」
「そっか」
いつもならもう少し気の利いた返しをする美沙なのだが、いまの美沙にそんなエネルギーは残されていなかった。
「どうかしたんすか?」いつも面倒くさそうに美沙の会話を受け流していた草加に問われたことに、美沙は驚いた。
「い、いや」歯切れの悪い言葉になる。
「いつもの浅井さんらしくないっすね」
私らしいって何? 即座にそんな思いが胸中浮上するも、その言葉になんだか胸がいっぱいになる。
「浅井さん、本当は営業なんてやりたくないんじゃないですか?」
「えっ?」
「いや、ここ2ヶ月ほど辛そうだから。営業をやりたいって浅井さん自分で越野部長に申し出ていたけど、毎日辛そうっすよ」
「私は本当に営業がやりたくて」
「それって、坂井部長への意地じゃないんですか?」
えっ?
突然でてきた坂井の名前に美沙は困惑の色を隠せない。
「ち、ちがうよ。たしかに坂井部長に営業をやるように言われたのがことの発端だけど……でも、いまは自分の意思で営業やってる」
「そうっすか。それなら問題はないっすね」
問題……それがあるのよ。結果を出さないと異動になっちゃうんだから。それも1ヶ月以内に。でもそんなこと……言えるはずもない。
「ねぇ、草加くんは装置が売れなくて不安になったりしない?」
「不安っすか? そりゃあ、課せられた予算を達成できるか常に不安っすけど、やってる自負があるのでそれで無理なら……いや、やっぱり絶対達成できると思ってます」
「どこからそんな自信が生まれるの?」
「ある人に言われたんすよ。自分がやってる行動を数値化してくれて。それで自信を取り戻せたっていうか」
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