2012年12月中旬、寒風が吹きすさぶ中、東京・新宿の喫茶店で1人の男性に会った。
「もう、そもそも音楽で食おうと思わないことにしたんです」
吹っ切れたように話す男性は、30代後半の作曲家。中島美嘉などの女性シンガーらの楽曲を手がけたことがあり、オリコントップ10入りの楽曲も多数ある。
さぞかし、順風満帆な生活を送っているだろうと思いきや、男性は音楽シーンに「期待するのはもうやめた」と話す。クリエーターを取り巻く環境が、一気に悪化したことがその一因という。
2、3年前までは音楽的探求心の高い歌手への楽曲提供もまだあった。だが、今は「ポップでキャッチー、かつカラオケで歌える楽曲」「切なさでキュンとなる歌」などを条件にした芸能事務所からのアイドル向け作曲依頼のメールだけが携帯電話を埋め尽くす。こうした作曲家は日本で約1000人いるが、高給取りは今や一握り。「若手の活躍する場は限りなく小さい」とうなだれる。
若手作曲家はパチンコ向けの楽曲などで曲を乱発し、食いつないでいる。冒頭の男性も、自主制作での音楽活動に励む。
音楽業界の構造転換のしわ寄せは、若手アーティストや作曲家、スタジオ・ミュージシャンなど音楽制作の現場へ強く及んでいる。仕事自体が減り、残った仕事も売れ線を踏襲したものがほとんど。負のスパイラルから抜け出す道は現状では見えていない。
「これまでは、アーティストもスタジオで歌詞や曲を書いてもらっていたんだけど、今は、『下書きは家でやってね』と言っている」
ある中堅の音楽事務所の幹部は話す。スタジオ費用も削減しているためだ。10年前までは中堅以上のアーティストが数カ月間にわたり、スタジオを借り切って制作に励むのは日常的な光景だった。
賃料も日額60万円などを払っていたが、今や1日15万円で1週間程度。機材の性能が上がったのも背景にあるが、「今や優良スタジオを借り続けられるのはジャニーズぐらい」(同)になった。数年の間に六本木界隈にあった老舗スタジオが相次いで幕を閉じた。
ヒットの方程式が消え
大型新人が出てこない
こうした現場の苦悩は、別の形で表面化している。表を見てほしい。2011年の年間アルバムチャート(50位まで)では、アイドル歌手らを除くと、実に17人(19枚)ものアーティストがデビュー10年以上を経過している。
「時代を彩るような新人がなかなか出てこない」
業界関係者は一致してこう話す。AKB48らアイドルは社会現象となったが、音楽にだけ携わるアーティストでは、大ヒットを連発する人材はなかなか出てこない。