たけしさんの屈託のない笑顔がまぶしかった。こういう人物だから、真赤は持ち前の歪んだ愛情を発揮して、嗜虐性を発揮して、今日のような会を催そうと思い立ったのだな。得心がいった。
「じゃあまたメールを送ります! ICQの登録もお願いします!」
彼はそう言って元の場所に戻ると、また宇見戸や真赤と話し始めた。僕はほっとため息をつく。
テーブルの上にはコースの料理が並んでいるが、皆あまり手をつけずに、雑談に興じている。鶏軟骨の唐揚げから、冷めた油のいやな臭いが立ち上っている。フライヤーの揚げ油の交換を怠けていると、こういったものが出来上がるのだ。僕はそれを一つつまんで、口に放り込んだ。
この会は『たけしさんを囲む会』であり、彼を笑いものにするという前提があるのは確かだけれども、皆で示し合わせてたけしさんの行動を観察する、という以上の悪巧みは何も準備していない。だから、一通り彼との挨拶が終わってしまうと、後は普通のオフ会と変わらなかった。
企画の張本人である真赤はたけしさんと話し込み、他の参加者はそれぞれで固まって、思い思いの話題に花を咲かせている。結局のところ、真赤はたけしさんと話したくて企画しただけだったのかもしれない。
タミさんは向こうで宇見戸と話していた。僕は、隣のヤマダさんや、クサノと話をしていた。クサノはゲームの専門学校を出てアダルトゲームメーカーの社員をやっている、という噂を聞いていたので確認してみると、苦笑いをしながら認めた。好奇心のままに仕事内容を尋ねると、絵なんか描いたこともないのに、イラストにモザイクを入れさせられている、と笑い、それ以上具体的なことは言いたがらなかった。世の中には色んな職業の人間がいるものだなあ。僕には想像もつかぬような現実がいくらでも存在する。
久しぶりに飲み会に参加して気分が良かった。真赤も、たけしさんとたっぷり話せて満足したようだ。そして、今日の主役であったたけしさんも、最後までニコニコと笑い、楽しんで帰って行った。もし彼が、真実を知ったら傷つくだろうか? 気の毒なことをしたようだが、楽しんでいったのならひとまず良かった。
トラブルもなく、真赤の初めての主催によるオフ会はこれで無事終了の運びとなった、と言いたいところだが、帰ってから、思ってもいなかった問題が持ち上がった。
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