加藤貞顕(以下、加藤) 唐木さんの新刊、『新しい文章力の教室』、読みました。とてもいい本ですね。とにかく「社員に読ませたい!」と思いながら最後まで一気に読んでしまいましたよ。
唐木元(以下、唐木) ありがとうございます。ぼくはずっと雑誌の仕事をしていた人間なので、1冊の本を書くのは本当に大変でした。雑誌だと、特集を担当しても長くて32ページくらいですからね。
加藤 ああ、ぼくも昔、雑誌を編集していたので、わかります。
唐木 書く前は、社員にいつも教えていることをまとめるだけだし、すぐ書き終わるだろうと高をくくっていたんです。ところが、ファミレスに何日こもっても終わりが見えてこない。スラスラ書ける本のはずなのにおかしいぞ、と(笑)。
加藤 (本の帯を見て)「思い通りにスラスラ書けるようになる!」って書いてありますね(笑)。
唐木 単行本は徹夜追い込みじゃ太刀打ちできないと思い知らされましたね。それで、一ヶ月以上ファミレスにこもったせいで、6キロも太ってしまって。文字通り、身をていして書きました。
加藤 それにしても、ここまで実践的な文章術の本って、あんまりないんじゃないでしょうか。月3000本もの記事が作られるナタリーの人だから書けた本だなと思いました。
第1章では実際に、書く前に要素を整理する方法や文章の組み立て方が説明してあります。そこには「どう書くか」だけではなく「書く前に何をすべきか」まで体系立てて、しかも具体的な作業に落とし込んでありますよね。文章を書く前にすべきことというと、だいたい心構えなどの概念的な話になってしまいがちじゃないですか。
唐木 類書と思われる文章力本のアマゾンレビューを見てみると、書き始める前段階が長い本は軒並み評判が悪かったんです。けれど僕は「書く前が大事」ということをいちばん言いたい(笑)。どうしたら書く前の話をしながら読者に嫌われずに済むんだろう、と編集さんと話し合った結果、なるべく思想は語らず具体的に「すべきこと」を伝えるようにしています。
加藤 この本が書かれた背景についてうかがいたいんですが、もともとは社内教育用の資料だったんでしたっけ?
唐木 そうですね。ナタリーでは、新入社員の人たちに2週間かけてライティングの講習会、通称「唐木ゼミ」を開催します。そのレジュメと講義の内容をもとにしてまとめたのが、この本です。
加藤 だからこんなに実践的なんですね。
唐木 ナタリーの新入社員って、ライティングに関してはド素人って人が少なくないんです。来るのは、「音楽命!」「お笑いがないと生きていけない」という人ばかりで。
加藤 そうか。ナタリーが扱うコンテンツに情熱を持っている人が来るのであって、書きたい人、書ける人が来るわけではないんですね。
唐木 そうです。ライターの経験がある人なんて半分もいませんよ。でも、最初に書けないのは気にしないんです。それは過去の経験から、文章は教えられるけど、「好き」という気持ちは教えられない、ということが判明しているので。
加藤 なるほど。で、そんなライティングの素人でも、「唐木ゼミ」を受講したら文章を書けるようになるんですか?
唐木 8割くらいは立派な記者になりますよ。もちろんゼミを終えたらいきなり一人前になるわけじゃなくて、実践で磨き上げられていくうちにモノになっていくわけですが。
加藤 まったく文章が書けなかった人が8割も記者として生きていけるようになるなんて、すごいことですよ! その講義をもとにした本だったら、どんなに文章が苦手な人でもすぐにスラスラ書けるようになりそうですね。
「良い文章とは、完読される文章である」
加藤 この本、「良い文章」の定義を最初にしていますよね。それが「完読させる文章」というのはとても明確だなと思いました。
唐木 これは、意識して言い切ってしまいました。もちろん「良い文章」は、時と場合によって違うものです。でも、その道に精通していない人にとっては、まず良い状態を教えられることが大事で。それは、何を目指せばいいのか示してもらうということですから。
加藤 「あれが正しい姿だ」「そうなるためにこうしなさい」と、目標と道筋を示されると安心しますよね。
唐木 専門家が断言することで非専門家は安心して努力できるし、そもそも何かを始める原動力にもなる。じつは、ぼくの整体の先生がそういう考え方で。
唐木 その先生は、「良い身体の状態」を、「弾力がある状態だ」と定義しているんです。本当は「良い身体の状態」にもいろいろ条件はあるし、人によっても違う。けれど、非専門家のぼくたちに話すときには、この説明がいちばん真理に近くてわかりやすいんだそうです。
加藤 たしかに、そう言われたうえで「だからこういう治療をします」と説明されたら納得できますね。
唐木 目指すべき姿を示して、ちゃんと教えてあげれば、みんな書けるようになる。それをせずに「どうしてできないんだ!」と言うのはおかしいですよね。というのも、ぼく、大人になってから走り方を教わったんですよ。
加藤 走り方? ランニングですか?
唐木 ええ。そしたらもう、驚くほど楽に走れるようになって。ハーフマラソンくらいの長距離なら疲れず走れるようになった。子どものころは、陸上なんてからきしダメだったのに、「ちゃんと教えてもらう」ってこんなに効果があるんだと気づいて。
加藤 なるほど。
唐木 体育教師って、そもそも体育が得意だった人が職業として選ぶじゃないですか。だから、ただ「走れ」って簡単に言うでしょう? でも、こっちは走り方がわからないんです。教科書を見ても、「速く走る方法」「ハードルを超える方法」は書いてあるのに、「走るとは何か」は書いていない。
加藤 「当たり前にできるもの」として扱われているんですね。
唐木 文章術も、きっとそうなんだろうなと思って。つまり、「文章を書ける人」が無意識にやっていることを、「書けない人」は無意識にはできないだけ。だったら教えればいいじゃないかと思い、「唐木ゼミ」を始めました。
だからこの本は、書けない人には「書き方」を教えられるし、さらに言うと「書ける人」にとっては、これまで無意識でやっていたことを意識化することで文章のムラをなくすことができるんじゃないかと思います。
加藤 本当にそう思います。
唐木 ぼく自身、プロに教えてもらうことで「走れなかった子ども」から「走れる大人」になった。できない人でも、教えればできるようになるということは身をもって実感しています。だから、ただ「走れ」と叫ぶ体育教師みたいには決してならないぞ、と(笑)。
加藤 「普通に書けばいいじゃん」とは言わないと(笑)。いま、人々が文章を書くシーンが劇的に増えているじゃないですか。LINEやSNS、ブログが普及して。
唐木 ええ、ミュージシャンまで文章のことを考えなきゃいけない時代ですからね。それに会社員でも、コンサルや宣伝マンはもちろん、開発部門や営業部門でも文章を書かされることが増えているみたいですよ。もはや1億総ライター時代と言えるかもしれません。
加藤 文章でのコミュニケーションがべらぼうに増えてきたのに、学校ではまともに書き方を教えてくれない。だからこそ、「まったく書けない人」に文章を教え続けてきた唐木さんのノウハウは、救世主になるかもしれませんね。
文章がうまい人は、仕事もできる
加藤 第5章のリードに書いてある「文章が書けるようになると仕事ができるようになる」というのも、ナタリーでの経験則ですか? プラモデル式の作文ができればプラモデル式に仕事も組み立てられる、というのは納得感がすごく高かったのですが。
唐木 そうです。文章力と仕事力は、不思議なほどに比例するんですよね。ナタリーって、ライター経験がない人だけではなく、社会人経験がない人も門を叩いてくるわけです。
加藤 おお、そうなんですか。
唐木 たとえば、飢えない程度にバイトをしつつ、マンガだけは誰より精力的に読んできた、というような人。そんな人が面接に来たら、「もう、うちで引き取らないわけにはいかないな」と(笑)。
加藤 責任感(笑)。
唐木 そういう人は社会人経験なんてないから、最初のうちは本当に何もできないんですね。でも、唐木ゼミを受講して、それに沿って文章を書いていくうちに、文章力がつき、それにつれて仕事力がついていく。企画書やプレゼンはもちろん、仕事全体のプランニングも洗練されていきます。
加藤 仕事の文章って論理的に考えないと書けないですからね。そこが整理できるようになると仕事も整理できるわけですね。
唐木 その人ができる人かどうか、メール1通でわかるときがありますよね。雑なメールを送るのは、ソースが飛び散ったお皿をお客に出すようなもの。どうせ同じ味だからいいじゃん、とシェフに言われたらなんだか腑に落ちないじゃないですか(笑)。盛りつけ含めてひとつの料理と考えるべきで。
加藤 すごくよくわかります。逆に仕事が丁寧な人は、メール本文も添付資料の体裁も綺麗ですもんね。やっぱり、文章力は仕事力なんだなあ。
つづく
cakesでは、『新しい文章力の教室』の一部を特別掲載中。併せてお楽しみください。
構成:田中裕子
ニッチメディアのツートップが公開添削!
『新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング』(インプレス)刊行記念
9月1日(火)@下北沢B&B