街路樹が一斉に新緑に包まれ、溢れる日光を受けて喜んでいる。カフェの中の無垢材でできた床が、木漏れ日を暖かく受けていた。
よく冷えたアイスコーヒーを飲みながら、僕はひとりのクライアントを待っていた。
就職活動も恋愛と同じように、ただ必死になって相手を求めているだけではダメだ。自分とビジネスをしたほうが得だということを相手にわかってもらうために、よく考えて自分を売り込まなければいけないのだ。そして、自分そのものを売らなければいけない恋愛よりも、自分のスキルセットのひとつを売るだけでいいビジネスのほうが簡単だった。いくつかの特許事務所とメーカーから、業務委託契約で仕事を回してもらうことができた。よく言えば、僕ひとりだけの弁理士事務所として独立したことになる。悪く言えば、ただのフリーランスだけれど。
永沢さんは、ある日、ひょっこり帰ってきた。香港の会社に転職して、この数ヶ月は、香港のほうで新しいファンドの起ち上げで忙殺されていたようだ。それならそうと一言いってくれれば良かったのに。これからは東京と香港を行き来する生活になるようだ。永沢さんは、さっそく僕のクライアントになってくれた。
「よう、頼んでおいた仕事はできたか?」
「もちろんですよ」
僕は自信を持ってこたえ、作成した資料をわたした。
彼はそれをひと通りチェックする。
「いい仕事だ」
「ありがとうございます」
「ところで、今度またモデルがたくさん来るパーティーがあるんだが、お前も来るか?」
「すいません。今回は、遠慮させてください」
「らしくないな。いったいどうしたんだ?」
「いまはもう、たくさんの女と関係を持ちたいとは思わないんです。ひとりの女を愛することを学びたい」
「おいおい」彼は呆れた顔をした。「お前、また、非モテコミットになりたいのか? いったい、これまでに何を学んできたんだよ」
「確かに」と僕は言った。「永沢さんから、多くのことを学びました。そして、すっかり人生が変わった。それまでの僕は、ただ純朴なだけでした。ひとりの女の人をただ一途に愛し、誠心誠意尽くすことだけが、恋愛で報われる方法だと思っていた」
「それで、その結果はどうだったんだ?」
「もちろん、ひどいものでしたよ。高いレストランに連れていったり、高価なプレゼントを買ったりもしました。休日を返上して、引っ越しの手伝いをしたこともありましたよ。いつかは僕の想いが報われるんじゃないかと期待しながら。しかし、誠実に接すれば接するほど、彼女たちは酷い仕打ちで返してきました。僕のことを利用できるときは、気が向けば会ったりしてくれるけど、僕が必要なくなると、突然、連絡が途絶える。そうしている間に、彼女たちは別の男に抱かれている……」
「ハハハ。懐かしいな。しかし、お前は生まれ変わった」
「ええ」と僕はうなずく。「永沢さんが教えてくれた恋愛工学のおかげでね」
「お前は本気で努力してきた。俺が教えたことをすべて吸収し、日々のフィールドワークを怠らなかった。たくさんの失敗も経験しながら、勝利をものにしてきたんだ。ふつうの男が人生をかけて成し遂げることを、お前はこんなに短い期間に何回もやってのけたんだよ」
「ありがとうございます」と僕は礼を言った。「永沢さん、ひとつ聞いていいですか?」