職場とネットカフェを往復する「彼」の日常
「こんなアリジゴクみたいな生活、続けたい人はいないですよ。生きているのか死んでいるのか、自分でもわからなくなる時があるんです。このまま5年後、10年後、自分はいったいどうなっているんだろうって……」
彼はそう言うと大きなため息をついた。2012年10月。時刻は22時。新宿西口にあるマクドナルドは、飲み会後の大学生や深夜バスを待つ若者でにぎわっている。
パリッとアイロンをかけたシャツにさっぱりとした髪型。黒のスーツに身を包んだ30代前半の彼は、一見したら住まいを持たず、ネットカフェで寝起きしているような人には思えない。僕のほうがむしろみすぼらしく見える。
「5年前に愛知の工場の仕事の契約が切れて、こっちに戻ってきたんです。いまどき正社員の仕事なんて見つからないですよね。この間、仕事は何回か変わったけど、生活は何も変わらない。ネットカフェに泊まって、スーツを着て、出勤する。その繰り返しです。仕事は基本的にデータ入力。事務の補助みたいなやつですね。決められた仕事を決められた時間内にこなす。慣れたもんですよ。でもこんな仕事、それこそサルでもできます。自動でデータを読み取れるソフトかなんかができたら一発で失業でしょうね」
彼の乾いた笑い声は、隣の学生たちのはしゃぎ声にすぐにかき消された。
目の前のコーヒーを一口すする。冷めてしまったせいか、やけに苦く感じる。
「ただ生きているだけ」のハケンさんの未来
「生きていく希望が何もないんです。いまの仕事をしていれば生きていける。一応、収入があるから。アパートを借りるまでお金を貯めるのは大変だけど、とりあえず生きていける。そう、とりあえずは。でもほんと、生きているだけなんですよ。遊びに行ったり、それこそ結婚したり、家庭を持ったり……。昔は彼女もいたんです、これでも。でも、そういうのはもう、無理です。ネットカフェと職場を往復する毎日。今日だって、人と話をするのひさしぶりなんですよ。もちろん、職場でも会話はありますよ。でも、僕が職場でなんて呼ばれていると思います? ハケンさん、ですよ」
急に押し黙ってしまった。何か、こみあげてくるものがあるのだろうか。
僕は、ただ黙って次の言葉を待った。金属のスツールの冷たい感触が太腿に伝わってくる。