体に悪い食べ物は麻薬
石川善樹(以下、石川) 僕と啓介さんが最初に出会ったのは、アメリカのGoogle本社でも主催されている料理教室になぜか共に参加したのがきっかけでしたね。
松嶋啓介(以下、松嶋) そうでした。それぞれ「健康的な料理の作り方」や「健康的な生活を送る方法」などをテーマに、勉強しましたね。
石川 それがきっかけで意気投合して、啓介さんの主催する料理教室にも参加するようになったんです。今日お話したいのは、ダイエットと食事のこと。僕は今、ダイエットの研究や減量を目指す方向けのカウンセリングをしているんですが、みんな食事面でつまずいてしまうんです。
松嶋 太りやすい食事のほうが、作るのも食べるのも楽ですからね。
石川 やっぱりそうですよね。料理人の啓介さんから見て、どんな食事が太りやすいと思いますか?
松嶋 まず、噛まない食事は太ります。では、噛まない食事とはなにかというと、舌に入れたとき、「味が一瞬でわかる」ような味つけがされている食事。味をじっくり感じる必要がないから、すぐ飲み込めちゃうんです。
石川 なるほど! 確かに、僕が見ているやせられない人もまさにそういう味付けの濃い焼きそばとかラーメンとか塩分や糖分、油分がたっぷりの食事ばかりです。
松嶋 そういう料理は、味をじっくり感じる必要がないから、すぐ飲み込めちゃう。
石川 その「味が一瞬でわかる」食事って、たぶん糖分や油、あとは塩分のことですよね。人間の脳は、糖分と脂質は誰でも美味しいと感じるようにできているんです。
松嶋 人間って、噛むことで脳みそに「食べた」って記憶を植えつけます。あまり噛まない食事をしたら、胃は満足しても脳は満足できないんじゃないかと僕は思っています。
石川 でも実際問題、外食をしても、スーパーに行っても、濃い味の食事が世の中にあふれていますよね。料理の観点から、どうすれば改善できるんでしょうか?
松嶋 味つけじゃなくて、素材そのものの味を楽しめるようになるといいですよね。じっくり時間をかけて火を通した料理を食べて、滋味深くて美味しいなって体験をいっぱいするといい。
石川 おでんとかポトフなんか良さそうですよね。
松嶋 そうです。味わうことも大事だし、胃は筋肉みたいに使えば使うほど鍛えられるものでもないから。しっかり噛んで、唾液と胃の中の酵素で溶かしてあげられると体にも脳にもいいと思いますよ。
石川 なるほど。ただ、体に悪い料理も、食べていて気持ちよく感じるようにできているんです。あるアメリカの食品会社が「中毒性の高い食べ物」を作る研究しているんですが、油や糖分をたくさん使って、サクサク感のある料理が食べていて一番気持ちいいらしいことがわかりました。ポテトチップやクッキーとかはまさにそれですよ。
松嶋 食べた瞬間は脳も快楽を感じるだろうけど、満腹や満足からは程遠いだろうね。
石川 しかも口の中に入れたら、サクッといって、溶けるじゃないですか。噛まないから食べた感じはしないけど、脳は気持ちいい。でも満足にはつながらない。まさに食べる麻薬だと思います。
松嶋 僕なんか、ポテトチップスとかたまに食べるけど、食べた後にすごく後悔することもあるんだよなあ。「なんで一袋も食べてしまったんだ……」みたいな。そういう事情があったとは。
手を抜かなければ料理もダイエットもうまくいかない
石川 ダイエットの研究の一環として、世界で一番健康的な料理を調べたこともあるんですけど、やっぱり日本の「和食」かイタリアやギリシャの「地中海食」だったんですよね。
松嶋 どっちも野菜や雑穀を「しっかりと噛む料理」ですね。
石川 あとは他の国と比べるとどちらかと言えば粗食です。欧米では90年代から地中海料理が大流行したんですけど、日本ではあまり流行りませんでした。僕も一度ギリシャに行きましたが、まったく料理が口に合いませんでした。
松嶋 そうなんですね。
石川 単純にあまり食べたいと思わなかった。慣れてないんでしょうね。雑穀をモグモグ食べるのに。だから、結局、僕たち日本人は、慣れ親しんだ和食に戻るのが健康的にやせるための一番の近道なんだと思います。
松嶋 そうですね。素材もノウハウもそろっているわけですから、健康的な食事をするためには和食が一番だと思います。
石川 ただ啓介さんの言った素材を生かした料理って、和食でも自分でうまく作らない限りなかなか難しいわけじゃないですか。
松嶋 日本人の食や味覚が欧米化してしまったせいですね。調理に手間ひまかけた和食って、一人暮らしの社会人は、今ほとんど食べる機会がないですよね。みんなちゃんとした出汁を取らなくなってしまいました。今は市販のだししか使わないですよね。
石川 素材の出汁からとる習慣がある若い人はなかなかいないかもしれません。
松嶋 椎茸や昆布とかちゃんとした素材から出汁を作れば、「うめ〜! 日本人に生まれてよかった!」とうなってしまうくらい引き込まれるものができるんですけどねえ。
最近は料理学校でも和食コースを選択する人が少なくなったから、うまい出汁を味わえる場所なんて、ごく一部の和食料理屋だけなんじゃないかな。
石川 啓介さんは今「食材の味の引き出し方」を学ぶための料理教室を定期的に開催しているじゃないですか。僕も先日そこに参加して、素材の選び方だけじゃなく、野菜の切り方や火の入れ方次第で、素材の味を引き出すことができるということを学びました。
でも、出汁ひとつにしろきちんとした料理を始めるのは、ハードルがとても高いと感じてしまうんです。それは僕だけじゃなく、日本人の多くが同じ気持ちだと思う。
松嶋 今、石川さんが「料理に対するハードルが高い」って言ったけど、一つ勘違いがあるのかもしれない。みんな料理をするためのコツをわかっていないだけなんです。
松嶋 そう。それは例えば、「素材が美味しくなったときの焼き目の見方」とか「冷蔵庫の整理の仕方」とか。今は女性の社会進出が進んだから、男性だって料理ぐらいできるべきだと思うし、そうなれば男も女も互いに支え合えるよね。そういうことも考えて、僕はみんな簡単に料理をできるコツを教えるために、料理教室をやっているわけです。
石川 じゃあ手間をかけなくても、美味しい料理を作る方法ってそもそもあるんですか?
松嶋 もちろんあります。普通の人が料理をやるにあたって大事なのが、時間がない中でどう美味しく作れるかということです。ここで詳細なレシピは省きますが、最初に3分間だけ、集中して、あとはなべにフタしてほったらかしでも完成する、そんな料理もたくさんありますよ。
石川 ちなみに松嶋さんの家庭は誰が食事を作るんですか?
松嶋 嫁です。
石川 ちゃんと出汁とかも取るような料理をされるんですか?
松嶋 しないしない。それこそ手間もコストもばかにならないから。
石川 それでいいんですね。
松嶋 子どもの面倒も見ている中で、毎日手間をかけた面倒くさい料理なんて作らなくてもいいんです。その面倒くさいことをやるのが、僕ら料理人の仕事だし、価値なんだから。いつも嫁にも言うわけです。「手を抜いても美味しいものを作れるようになりな」って。カッペリーニという冷たいパスタなら、簡単でもすぐにできるから。そういうレシピを覚えておくと料理も楽だし、とっつきやすくなりますよね。
石川 『最後のダイエット』でも書いたんですけど、ダイエットにしろ、料理にしろ、面倒なことや難しいことって結局続かないんですよね。
松嶋 そうなんですよ。仕事もして子育てもして家庭でもちゃんと料理を作れだなんて、普通はできない。手を抜きたいときは、どんどん抜けばいいと思う。冷凍食品だって、今は栄養素もそんなに減っていないし、僕はうまく活用すればいいと思う。
石川 男の人も料理できるようになれば、家庭内でも奥さんを支えられるし、健康的な生活にもつながる。まさに一石二鳥ですね。
次回「料理ができるだけで人生が変わる」は8/17更新予定
構成・撮影 紐野義貴
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