寺田の体験が映し出された、『コドク共有』。
—— cakesで連載中の『コドク共有』は"初の文芸作品"ということですが、なぜいまこのタイミングで文芸を書かれたのでしょうか?
寺田憲史(以下、寺田) 「きまぐれオレンジ☆ロード」や「キン肉マン」といった多くのアニメシナリオを手がけてきましたが、もともと漫画少年だった僕には、日本のコミックやアニメの感覚が肌に染み付いている気がします。それである程度は、ゲームを含むそうしたジャンルにおいては、引き出しを変えれば、様々なキャラクターやストーリーを生み出すことはそれほど難しくはないんです。だから、『コドク共有』では、そういうのとはまた一線を画した別のクリエイティブワークをしたいと思ったんです。
いまの若者たちとか、女性だとか、社会だとか、そういったことに対して、僕なりの年齢で考えることがあるんですけど、それを書こうと思ったときに、僕がいままでやってきたライトノベルス的な手法で表現するものではないような気がしました。それに、普段はラノベやコミックなどはほとんど読みませんし、一般書ばかりですしね。まぁ、年齢相応の表現手段を取りたくなった、ということかも知れませんけれども(笑)。
—— 「自身の仕事体験を元にして」とありますが、どこまで個人的な体験が作品にでているんですか?
寺田 アニメの制作現場にまつわるものは、僕が制作進行として働いていた頃の経験で書いています。まさに主人公の"義人"と同じように朝から晩まで這いずり回っていましたね。演出をやりたかったので、まずは制作進行を経験しないといけなかったんです。
この『コドク共有』は、はじめ実写映画として監督をしようとシナリオにしたものだったんです。それをもとに、改めて小説として書き下したんですけど、映画シナリオでは、作画監督の大石が自殺する展開になっているんです。それは、僕が制作進行をやっていたときに、実際に起こったことを元にしています。当時僕を可愛がってくれていた作画監督が、急に目が見えなくなるという奇病にかかりましてね、自殺しちゃったんです。僕が25のときだったと思います。お宅にもしょっちゅう原画を取りに行ってたりしてましたからね、すごいショックでした。
—— かなりリアルな体験が作品に反映されているんですね。
寺田 今後、作中でバンク室っていうアニメスタジオの倉庫みたいなものが出てくるんですけど、そこのくだりも、実際に僕が体感したことがベースになっています。バンク室は、もしかしたら今はもう、どのアニメスタジオにもないかもしれないんですけど。アニメのセル画や大きな背景画などが、保管されているところなんです。古い作品のシナリオや絵コンテなども無造作に積んであって、妙な静謐感が漂っている。
ぼくは、ずっと人といると息苦しく感じることがありましてね、よく仕事仲間の輪を抜け出しては、そこに籠ってシナリオなんかを読みあさっていました。なんていっても、元祖オタクですから(笑)。
—— それは、手塚番をされていた時ですか?
寺田 そうですね。当時の手塚プロのバンク室は地下にあって、セルや背景画が詰まったカット袋と呼ばれる袋が山のように積まれていました。一度、そこで寝っ転がってシナリオを読んでいたら、ひょっこり手塚先生が現れて(笑)。その日、漫画部のマネージャーもアニメ制作スタッフもみんな必死に先生を探しているって聞いていたんですよ。各出版社の編集者たちも、イライラして先生の原稿を待っていました。
でも先生は、ぼくと顔を合わせて一瞬「まずい」って顔をしましたが、すぐにあの笑みを見せて、「ちょうどよかった。寺田さん、いっしょにこれ見ましょうよ」って(笑)。先生の私蔵のピノキオを、16mmのプロジェクターで見せてくださって。
しかも先生は全カット覚えていて、1シーンごとに解説してくれるんですよ。ニコニコと、「あ、ここでカメラがパンすると、悪い二人組が現れるんですよ」なんてね。漫画連載を何本も抱えていた時期だと思います。きっと創作に追われる中で、ふと「ピノキオ」を見直したくなったんでしょうね。そんなわけで、バンク室というのは、非常にアナログでディープな場所として僕の記憶に残っています。
"若者"と "孤独"、その接点に興味を惹かれた。
—— 今作では、「父親」「親子関係」と「自殺」というのが大きなテーマとして取り上げられてると思いますが、それを取り上げた理由は何なのでしょうか?
寺田 自殺遺児たちを取材したあるドキュメンタリーを見たのが、きっかけでした。そこに映っていた子たちって、当たり前なんですけど、言動にしろファッションにしろどこにでもいる普通の若者たちなんですよね。アニメやゲームや、ぼくが仕事として関わってきたメディアの大好きな、どこにでもいる若者たちと外見はまったく変わらない。
ドキュメンタリーは、そういった自殺遺児たちが夏休みに集まって、お互いのことを話し合うキャンプの模様を追っていたんです。遺児たちの中には、最初は自分のことをまったく喋れない子も多くて。でも、他の人の話を聞いていくうちに、すこしずつすこしずつ喋れるようになっていく。次第に、自分の心を解放していくような感じでしょうね。そして番組の終わりには、彼らはまたばらばらに街に戻って行く。
そんな若者たちの姿を見て、なんだかとても身近な存在に感じてしまったというか、今さらのように、年若い彼らもまた、大人と同じように様々なことを抱えて生きてるんだよなぁって、強く感じたんですよね。
たぶん、ふつうの大人たちは、街ですれ違った若者たちが、そんなふうに重いものを抱えて必死に生きてる、なんてことを見過ごしてしまうだろうな、とも。大人の論理が優先される社会では、若者たちはどうしても皮相的に判断され、誤解されてしまう。だったら、そんな若者たちのヤワな心情を、僕なりに紡ぎ出してみるべきじゃないかと。
寺田 僕には、長年、若者文化に携わってきたっていう、まぁ多少の自負みたいなものがあるんですね。どこかで、若者の味方だ、みたいな。迷惑かも知れないですが(笑)。加えてもともとガキっぽい性格なものですから、大人たちの若者に対する見方に日ごろから違和感を覚えることが多い。たしかに若者たちは、疲れている大人たちからすると、動きが機敏だし、颯爽としていて、多くの場合悩みなんかないように映ります。
でも、そのエネルギッシュな一面の裏には、一人のときに寂しいんだろうなぁとか、孤独なんだろうなぁという顔も見え隠れする。SNSで仲間たちと繋がることに必死な彼らも、深夜、たったひとりになると、こっそり子供のころに見たアニメを見て、ほっこりしたりしているわけです。若者たちからすれば当たり前のことなんだけど、大人たちには、そういった彼らの一面はじつはよく見えていないことが多い。
ですから、そういった彼らの『コドク』を、彼らが親しんでいるアニメの制作現場を舞台に浮かび上がらせてみたら、彼らはいったいどんなふうに受け止めてくれるだろう、って考えてみたんです。すくなくとも僕と、彼ら=若者たちとの間には「アニメ」という共通の”言語”が存在するわけですから。
まぁそんなふうに、自殺遺児たちのドキュメンタリーに着想を得たわけですけど、物語の構想を練るうちに、遺児に限らず若者たちの抱えるトラウマは、じつに様々な形で彼らの上にのしかかっているんだな、ってあらためて感じましたね。
—— 『コドク共有』では、義人にとって父親の存在が大きくトラウマとしてのしかかっていますよね。
寺田 僕は両親からふつう、いやふつう以上の愛情を持って育てられたと思っています。二人とももういないですけど、しょっちゅう思い出しますしね。
高校生のときですけど、真冬の夜、バイクで遊んで帰り、こたつに飛び込もうとすると、いきなり親父に手を握られて止められましてね。「冷えきった手をいきなり温めると、ひび割れするぞ」とか言われて、親父が手を摩ってくれたんです。結構、長い間。今考えれば、親父は、親に寄り付かなくなった息子の手を単純に障っていたかったんだろうなとは思うんですけど(笑)。
でも自殺遺児たちは、そういった思い出のひとつひとつが、その感触のひとつひとつが、ある種のトラウマになっているかもしれない。だから、そこから解放されるっていうのは、やっぱりもしかしたら一生かかってもできないのかも知れない、って。作中、義人が自分は父親を救えたんじゃないだろうか、って自問しますが、遺児たちの心の中にはそれぞれの拭い切れない澱が沈殿していると思うんですよ。
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